脱!組織信仰 何のための組織か。この「何のため」を忘れてしまうと、そこにいる人が「手段」となってしまう危険性は常にあります。だからこそ一人一人の自発能動による、不断の精神闘争こそが大切なのではないでしょうか。 自活座談会 自活座談会は師匠池田先生の指導を根本に、題目を唱え、自らが学び考え、何事も笑顔で楽しみ、現実社会のど真ん中で実証を示し、お互いに切磋琢磨しながら、人間革命し、集い、対話する場です。 応援します 「創価自主支援活動サイト」は「座談会御書等」の「お役立ち資料」の情報発信を中心に、皆様からの疑問・質問にも真正面から向き合い「自主活動」を応援します。
2020年10月13日 / 最終更新日 : 2021年1月30日 サイトスタッフ 投書 【投書】今の世相に思う(6) 菅首相の日本学術会議会員任命拒否問題(2) 投書者:ハーフソール 菅氏は未だに日本学術会議が推薦した6人のメンバーをなぜ任命しなかったのか理由を明らかにしていない。俯瞰的、総合的判断で行ったという説明は説明になっていない。 また任命されなかった6人の名簿を見てい […]
2020年10月13日 / 最終更新日 : 2020年10月13日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 36 【 法鑁 】 法鑁は東密・小野流の書である「胎蔵界沙汰 付小野延命院次第」を書写しており、東密の相伝を受けていることが確認されます。 ◇「胎蔵界沙汰付小野延命院次第」 建長五年(1253)癸丑九月十四日未時書了 於長佐郷 […]
2020年10月12日 / 最終更新日 : 2020年10月12日 サイトスタッフ 体験談 信仰体験(2)/ヨシクニ 2019年の体験 引き続き生活の安定と子供の成長を願い、1,000万遍を目指し、お題目をあげ続けていた時の出来事でした。 年明けて1月終わりにボストンで行われるセールスキックオフの準備をしていた時に、それは突然訪れました […]
2020年10月12日 / 最終更新日 : 2020年10月12日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 35 ここでは頼瑜(嘉禄2年・1226~嘉元2年・1304)の弟子・頼縁と法鑁(日吽)、寂澄らの事跡を確認し、清澄寺での真言・東密の法脈の可能性を探ってみましょう。 【 寂澄 】 寂澄の手択本(しゅたくぼん・持ち主が手元に置い […]
2020年10月11日 / 最終更新日 : 2020年10月11日 サイトスタッフ 体験談 信仰体験(1)/ヨシクニ 【体験談@2018年11月10日】※ 一部加筆(『』は2020年10月に追加したものです。) 私は、物心ついた頃から信心を始め、これまで沢山の功徳を頂いてきていますが、今回は2017年の今頃から起こった、怒涛の1年のこと […]
2020年10月9日 / 最終更新日 : 2020年10月9日 サイトスタッフ 宗学コラム 神仏習合から本地垂迹、そして日蓮初期教団 552年(または538年)の仏教公伝以降に発生した神仏習合というのは実によくできた考えで、新と旧、即ち新しいものも従来のものも、そこに存在するものを共に生かして活かす共生の思想であったと読み解けるのではないでしょうか。や […]
2020年10月7日 / 最終更新日 : 2020年10月7日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 34 【 真言・天台が共にあった走湯山 】 これまで見てきたことをまとめると、 ・「走湯山縁起」では空海の来訪、安然の虚空蔵菩薩求聞持法の修法を伝える。これらは東密・台密の法脈が、早くから走湯山に共存していたことを物語るもので […]
2020年10月7日 / 最終更新日 : 2020年10月7日 サイトスタッフ 宗学コラム 佐渡期の外部批判(3)・私論 投稿者:鬼滅の言 或る人云く勧持品の如きは深位の菩薩の義なり安楽行品に違すと 寺泊御書 御書p.953 日蓮は深位の菩薩ではない。従って修行は勧持品で説かれる三類の強敵と闘う折伏行ではなく、安楽行品の摂受の修行をすべきで […]
2020年10月6日 / 最終更新日 : 2021年1月30日 サイトスタッフ 投書 【投書】今の世相に思う(5) 菅首相の日本学術会議会員任命拒否問題(1) 投書者:ハーフソール 前回は広島、長崎に投下された原爆について書いた。今回もその続きを書こうと思ったが、また憂うべきニュース飛び込んできたので、一言触れておきたい。 日本学術会議が会員に推薦したメンバーの内6人を菅総 […]
2020年10月6日 / 最終更新日 : 2020年10月6日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 33 【 走湯山で学んだ大石寺・日目師 】 ここで意を留めておきたいのは、大石寺3世・日目師(文応元年・1260~元弘3年・正慶2年・1333)が少年時代に走湯山で学問に励んだと伝えられていることです。まずは富士門流に伝わる二 […]