信仰体験(1)/ヨシクニ

【体験談@2018年11月10日】
※ 一部加筆(『』は2020年10月に追加したものです。)

私は、物心ついた頃から信心を始め、これまで沢山の功徳を頂いてきていますが、今回は2017年の今頃から起こった、怒涛の1年のこと、自分にとっては10年に匹敵するような濃い濃い1年のお話をさせていただきます。


私にとって、本当の意味での功徳だと実感できた体験です。

私は巷で言われるジョブホッパー。ITの外資系企業を渡り歩いています。ノルマが達成できなければ、外資系は日系の会社以上に、簡単にクビになります。必要がないと判断された部署は、その部署単位で解体され、所属していた人達全員が簡単に職を失うという、常に厳しく激しい荒波に身をさらし、日々プレッシャーを感じながらの生活でした。

ただ、給与は非常に良く、成績さえ出していれば文句も言われない、時間的制約もない。まさに飴と鞭です。家族に経済的な負担をかけたくない、金銭的に楽をさせたいと思うと、厳しい環境から中々離れられません。そういうプレッシャーの中、毎日働いているので、当然精神的に苦しくなっていました。

気がつけば鬱状態。自分では気づかないまま、心の余裕がなくなっていて、妻の子供への関わり方、妻自身の生活態度等で、妻に辛く当たることが多くなっていきました。妻はそれにひたすら耐えていたと思います。「家族に負担をかけたくない」という僕の思いは、結局本末転倒。今思えば本当にかわいそうなことをしました。

妻はタイの出身で、学生時代に私が折伏をした人です。結婚前に信心を執拗に彼女へ強要して、一時期、私からも学会からも離れてしまいましたが、私への愛情で彼女は戻って来てくれて、結婚することができました。

それを機に妻は再度学会に入会し、日々一緒に勤行をするようになりました。健気に信心をしようとしていた彼女に対し、私はもっとしっかり信心させようと強引であったことで、どんどん彼女を苦しめ、再び信心から遠ざけて、学会嫌いにしてしまいました。

仕事の重圧から心の余裕を失い、私の精神が不安定になって、当然夫婦間の溝は深まるばかりでした。そして、DVまではいかずとも、モラルハラスメントをして彼女の人間性を傷つけてしまうようになりました。

とうとう2017年10月、妻も精神的に支障(2016年6月頃からの浮気)をきたすようになり、完全に絆が崩壊しました。私は、家族のために、精神がおかしくなりつつも必死に食らいついて頑張っているのになぜ…っと絶望しました。

高校時代より朝1時間のお題目を平日は欠かさずやってきていたことで、また御書や池田先生の指導集や皆様の体験談を貪るように読み進める中で、私自身は今回のことを比較的早い段階で信心で捉えることができました。

そこからは怒涛のお題目です。祈りが叶うまで100万遍を上げ続けると決意し、2017年10月3日から約2ヶ月で1回目の100万遍を祈り切りました。

が、自身が望んでいた祈りは叶わず。2回目、3回目、4回目、5回目、6回目と繰り返し挑戦し、2018年11月10日現在で590万遍のお題目が上がっています。※『2020年10月9日現在では1,120万遍。』

まだまだ、私自身の使命を全うするため100万遍を上げ続けると決意しています。

よく学会では宿業について、長年使われてなかったホースに水を通す例えを用いると思いますが、まさに、お題目をあげればあげるほど、出るわ出るわ、私の汚いホースの中のヘドロ汚れ。

“決意のお題目”という威力のある蛇口に切り替えたことをきっかけとして、汚いヘドロの塊が一気にドバァッーと流れ出した瞬間のような状態でした。怒涛の唱題行は、いやな自分と向き合う壮絶な戦いになりました。

2017年11月中旬には、妻が子供を置いて実家のあるタイに帰ってしまい、かさねて11月下旬には息子が大怪我(右股関節、大腿骨頭すべり症)をして手術、そして長期入院です。

2か月と経たないうちに、今度は自身の痛風の発症、その翌月である2018年2月、職場からの解雇通知…。

とんでもない困難が、ほぼ同時期に出て来ました。本当に身も心もボロボロすぎて笑いが出てくるような、わけのわからない、信じられない状態でした。

しかし、このことがどんな意味なのか、心の底から分かるため100万遍のお題目をあげ続けると決意しました。もう、本当にこれしかありませんでした。

2018年1月、地域の組織で創価長(ブロック長)の任命を受けました。話を頂いた時は、まさにまだまだ地獄のどん底でうごめいていた時。正直、仏顔のU支部長(当時)がこの時はさすがに地獄にいる獄卒かとも思いました。

生命の状態でこうも見方が変わるのかと。状態が状態なので、迷いに迷いました。

こんな姿を地域の方々に見せて良いものなのか、学会不信を招かないか。また仕事と家庭、地域活動(マンション理事会理事、学校の学級委員等)の両立で、心身共に疲れ切った状態で任務を本当に全うできるのかと。

しかし、状況はそうも言っていられませんでした。何とか今の状況を打開したい、今回の経験を通して少しでもお役に立ちたいと思い、任命を受けることを決意しました。この時が私自身のまさに発迹顕本の時だったんだと今になって気づきました。

そのような中、少しずつ好転の兆しが見え始めました。

まずは息子の問題。地区、支部の皆様の祈りのおかげで、息子の手術は大成功。当初3ヶ月以上の長期入院の予定が、約2ヶ月半と比較的短い期間で退院できました!

まだ予断は許されませんし、再度入院、手術が必要となりますが、病状も比較的順調に回復しています。息子の願いとしては以前以上にサッカーに打ち込めること。これが彼の願いです。親として彼の願いを祈りでサポートしています。

※『2020年5月にようやく医師から本格的にサッカーをすることの許可を頂き、まだボルトが入っている状態ですが、勇んでサッカーに取り組んでおります。2年以上のブランク、しかも一番伸び盛りの時の怪我によるブランクは彼や私が考えているより遥かに大きいものがありました。また地元ではもちろん、全国的にも比較的名の知れたクラブチーム所属なので当然周りのレベルも非常に高く、小学校当時一緒に汗水を流して練習していた友人達も遥か遠くに行ってしまった様な感覚があり、本人は練習を初めてしばらくしてからは非常に苦しんだ様です。しかし、今ではメンタル的にも少しずつ落ち着き、地道にまた着実に日々努力をしております。ようやく周りのレベルにも慣れてきたみたいですが、本人の意欲はまだまだと日々精進しております。勉強もそれくらいやれば良いのですが…。』

それから、私自身の、長年患っていた鬱状態。子供を育てるために鬱を抱えている場合ではないとわかっていても、悶々とした日々が続いていました。しかし、「子供をしっかりと広布の後継者に育てないといけない」と「信心からくる決意」になった瞬間から鬱の症状がピタッと収まりました!

※『2020年は少しネガティブな気持ちもちらほらと見え隠れしており、苦しい状況もありますが、幸にしてまだ持ち堪えております。1日も早くポジティブな気持ちに切り替えられる様に日々の生活に取り組んでおります。』

そして仕事はというと、退職にあたっては当初、2018年2月末で解雇される予定+3ヶ月分の退職一時金の条件でしたが、粘り強く人事と対話を続けた結果、最終的に2018年6月末まで+1年分の退職一時金を頂くこととなりました。

2018年6月末までに次の仕事を見つけて、7月より何とか新しい仕事を開始するようにしようと必死に就職活動をしていたのですが、世の中はまだまだ厳しく、6月末の退職時点では見つけることができずにいました。

それでも動じることなく、ひたすらお題目と対話、活動と続ける中、ようやく2018年8月末に前職とほぼ同じ条件ではありますが、なんと、役職の肩書きが昇進した形での転職ができました! 
海外への出張も多々ありますが、在宅勤務もできるので、子供ともしっかり向き合える時間を持つことができ、非常に助かっています。

そして何よりも子供達の成長です。母親が身近におらず一番辛いはずなのに私に毎日笑顔を見せてくれる。私の側にいてくれる。朝夕の勤行だけでなく朝は30分のお題目を喜んで一緒にしています。

彼らも2017年10月より題目帳をつけており、現時点で娘(※中1 『2020年は中3隣受験勉強に励んでおります。』)は約32万遍、息子(※小6『2020年は中2となりサッカーに励んでおります』)に至っては入院中もお題目を上げ続け、約50万遍とお題目が上がっております。

本当に純粋で生命のきれいな素晴らしい子供たちです。自慢の子供達です。これほど支えになるものはありません。子供達がいなければ、本当に私自身どうなっていたか、わかりません。これは本当に大きな功徳だと思っています。

日蓮大聖人の有名な御書には「冬は必ず春となる  (御書p.1253)」とあるように、厳寒の冬でも、春が来ないわけがない。極寒であればある程、暖かい春はもう間近であると。

また、「大悪起これば大善きたる (御書p.1300)」とあるように、大悪があれば必ず大善がくると。大聖人から励ましを頂きました。

また池田先生のご指導の中に「自分で作った因は、自分で受けなければならない。しかし信心の功徳で重い罪業も全部驚く程軽く受けながら最高に幸せな境涯になっていく」というのを読んだ時、私は妻に本当にひどいことをしていたなと心から詫びたい気持ちでいっぱいになりました。

池田先生はかつて「願兼於業」というお話をされたことがあります。それは法華経の中にある法理で、普通の人は業によって生まれてくるけれども、我々地涌の菩薩は民衆を救いたいがゆえにわざと願って悪業を兼ねてこの世の中に生まれてくるのだ、というとらえ方です。

「誰しも宿命はある。しかし、宿命を真っ正面から見据えて、その本質の意味に立ち返れば、いかなる宿命も自身の人生を深めるためのものである。そして、宿命と戦う自分の姿が、万人の人生の鏡になっていく。すなわち、宿命を使命に変えた場合、その宿命は、悪から善へと役割を大きく変えていくことになる。『宿命を使命に変える』人は、誰人も『願兼於業』の人であるといえるでしょう。だから、全てが、自分の使命であると受け止めて、喜び勇んで前進し抜く人が、宿命転換のゴールへと向かっていくことができるのです」

池田大作全集 第33巻

さきほど創価長の任命を受けた時が、私にとっての発迹顕本の時だったとお話ししましたが、日蓮大聖人が竜の口でまさに頸を斬られようとした絶対絶命の出来事から、仏の境涯を開かれた戦いのことです。

「迹を発[ひら]いて本を顕す」

宿業や苦悩を抱える凡夫という迹をひらきながら、仏の生命を顕すとは、本来自分自身が持っている最高の生命があふれ出てくることです。どんな困難にも負けない、そして人々をも幸福へと導く慈悲や智慧、勇気です。

私たちは、仏とはどこか遠い存在と他人事のように思いがちです。仏性は自分にもあると頭ではわかっているものの、一生成仏、すなわち、一切の困難を幸福に変えていく絶対的幸福を実感することは私には中々できませんでした。

しかし怒涛の題目の中で、私もまた、尊い使命のある、地涌の菩薩の一人なんだと気づけました。まさにそれは妻が私に人間革命の機会を与えてくれたからだ!と感謝の想いがあふれて来ました。

そして子供たちを立派な広布後継の人材に育てると決意があふれて来ました。

これから彼らにどんな困難が待ち受けていようが、一切動じない、変え難い運命的な出来事でさえも使命に転換していく力がもともと自分たちにあること、彼らもまた地涌の菩薩なんだと気づかせる原点を、今の私自身の姿を通して育んで行きたいと思っております。

感謝の想いから、また、1つの大きな出発との想いで、最近、新しいお仏壇を購入しました。『新しいお仏壇はこちら(https://kongodo.co.jp/products/detail.php?product_id=1122)になります。価格は見なかったことにしてください(笑)』

納品は様々な出来事が始まってからちょうど1年の10月6日でした。どうぞ私どもの3年、5年、7年、10年後を見ていてください。

私自身、この世での使命が終わる際に、まさに今のこの体験が本当に良い思い出、一番輝いた思い出だったねぇと思えるよう、また大聖人、先生に褒めて頂けるように、戦って参ります。

少しでも先生に報恩感謝、そして世の中のお役に立てて行けるよう、まずは1,000万遍、更に1,000万遍と、お題目根本に日々精進して参ります。
これからも縁する周りの皆様にも良い影響を与えられるよう、今以上に地涌の菩薩の使命に燃えて、今日より心新たに出発致します。

(長い話になってしまいましたが、最後までありがとうございました。)