2021年9月1日 / 最終更新日 : 2021年9月1日 サイトスタッフ 宗学コラム 青年日蓮の念仏者時代、そして法然浄土教批判へ 日蓮大聖人の仏法を学んでいて気がつくのは、 1)『それまで信じ学んでいた信仰対象であっても、誤りであると判断すれば躊躇なく破折対象となる』 2)『破折行為に対する周囲の評価には左右されずに、発心当初の志のままに生き抜く』 […]
2021年8月31日 / 最終更新日 : 2021年8月31日 サイトスタッフ 宗学コラム 曼荼羅本尊~日蓮法華の信仰世界 日蓮大聖人が『仏滅度後二千二百二(三)十余年之間 一閻浮提之内未曾有大漫荼羅也』として顕した曼荼羅本尊、即ち大御本尊。 大聖人の教示では、「今末法は~此の妙法の大曼荼羅を身に持ち心に念じ口に唱え奉るべき時なり」(御講聞書 […]
2021年8月30日 / 最終更新日 : 2021年8月31日 サイトスタッフ 宗学コラム 末法の教主~竜口法難をめぐって 日蓮大聖人は何故、「教主釈尊が衣で覆い守ってくれた」と受け止めたのだろうか? 文永8年の法難で、日蓮大聖人は竜口で斬首されるところだったのですが、突然現れた光ものにより処刑は中止となりました。そのことを翌年の「真言諸宗違 […]
2021年8月28日 / 最終更新日 : 2021年8月28日 サイトスタッフ 宗学コラム 佐渡百幅本尊をめぐって なんらかの理由で、「遠からず、私は命に関わる事態に直面するかもしれない」「それは絶対というほど避けられない」という事態になった時、人は何をするのでしょうか? 「興風17号」での、山上弘道氏の論考「日蓮大聖人曼荼羅本尊の相 […]
2021年8月26日 / 最終更新日 : 2021年8月26日 サイトスタッフ 宗学コラム 「今諌暁を止むべし」に込められた思い 『一つの手法、路線に固執するのではなく、新たなる展開を期して、自らにより自らの内面を変革し、それを行動で顕す』 『批判だけではない。批判対象以上に善きものを創造するところに日蓮がごとくの道がある』 ということを、佐渡より […]
2021年8月26日 / 最終更新日 : 2021年8月26日 サイトスタッフ 宗学コラム 身延山の板本尊をめぐって 現在、新潟県立歴史博物館で行われている「日蓮聖人と法華文化」展では、色々と気になる展示があるのですが、その一つが身延山久遠寺所蔵の板本尊です。縦161.2㎝、横77.1センチの大きな板本尊で、室町時代前期・14世紀頃の造 […]
2021年8月24日 / 最終更新日 : 2021年8月24日 サイトスタッフ 宗学コラム 国に流布する所の法の邪正 仏法やうやく顛倒しければ世間も又濁乱せり、仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり 諸経と法華経と難易の事 仏法が世間に顕れ、世間の相は仏法の鏡ともなっている。 『これほど分かりやすい御書が、これほど現実世 […]
2021年8月23日 / 最終更新日 : 2021年8月23日 サイトスタッフ 宗学コラム 「天変地夭盛なるべし」の背景にあるもの 唱法華題目抄 法華経勧持品に云く「諸の無智の人悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん我等皆当に忍ぶべし」 上野殿御返事 抑日蓮、種種の大難の中には竜口の頚の座と東条の難にはすぎず、其の故は諸難の中には命をすつる程の大難はな […]
2021年8月22日 / 最終更新日 : 2021年8月22日 サイトスタッフ 宗学コラム 極大重病の日本国 相次ぐ天変地異と戦乱。 『誰が善い悪いよりも、起きたから起きた、なったからなった』ではなく、その背景に人間の営み・精神作用ありと、仏教的知見から喝破したのが日蓮大聖人です。 「この病(大謗法の重病)のこうずるゆへに四海の […]
2021年8月21日 / 最終更新日 : 2021年8月21日 サイトスタッフ 宗学コラム 大悪を大善に・日蓮仏法の思考 日本国における自然災害と安全保障。 現代におけるテーマでもありますが、鎌倉時代にそのことを宗教的次元から考え解決せんとしたのが日蓮大聖人です。 一仏教僧がいわば「国と国土の安全保障」というものを真剣に考え、国家の存亡にか […]