2021年10月9日 / 最終更新日 : 2021年10月9日 サイトスタッフ 宗学コラム 法華真言未分について 『守護国家論』は正嘉3年・正元元年(1259)頃の執筆と推定されていますが、そこには法華・真言を蔑(ないがしろ)にする故に天災地変が起きる旨が記述されており、当時の日蓮大聖人は「法華・真言未分」の思想であったと解説する向 […]
2021年10月9日 / 最終更新日 : 2021年10月9日 サイトスタッフ 宗学コラム 摩訶・私感「願兼於業について」(1) 投稿者:鬼滅の言 例せば小乗の菩薩の未断惑なるが願兼於業と申して・つくりたくなき罪なれども父母等の地獄に堕ちて大苦を・うくるを見てかたのごとく其の業を造つて願つて地獄に堕ちて苦に同じ苦に代れるを悦びとするがごとし 開目抄 […]
2021年10月8日 / 最終更新日 : 2021年10月8日 サイトスタッフ 宗学コラム 鑑真と弟子の物語り 大陸から続く鑑真と弟子たちの絆 この師弟の物語からは多くを学べると思います。 先に、鑑真の日本での弟子である道忠が関東に布教して一門となり、道忠とその意を受けた弟子が最澄(伝教大師)の書写事業等を手伝い比叡山寺の開創に関 […]
2021年10月7日 / 最終更新日 : 2021年10月7日 サイトスタッフ 宗学コラム 青年最澄の願文~約束の道から大願の道へ 延暦4年(785)4月6日、最澄は南都東大寺で具足戒を受戒して正式な僧侶になるも、3ヶ月後の7月17日には比叡山へ籠ってしまい山林修行を始めます。 官僧として出世の道が開かれていた19歳の最澄は、何を見て聞いて知って南都 […]
2021年10月6日 / 最終更新日 : 2021年10月6日 サイトスタッフ 宗学コラム 最澄と密教と日蓮 最澄は延暦23年(804)、38歳の時に入唐して不空金剛の弟子・順暁より越州にて金剛界五部の灌頂(かんじょう)、胎蔵界三部三昧耶(さんまや)の灌頂を受けるも、その内容には不完全なものがあったようです。 空海が唐より帰国し […]
2021年10月5日 / 最終更新日 : 2021年10月5日 サイトスタッフ 宗学コラム 最澄最後の6年間と東国の道忠教団 最澄さん、元気を出しなさい。 あなたにはやることがまだまだあります。 さあ、衆生の大海原に飛び込んで、みんなを導きましょう。 と「彼ら」は呼びかけたのでしょうか。 空海から密教伝授を中断され、信頼していた弟子も空海のもと […]
2021年10月2日 / 最終更新日 : 2021年10月2日 サイトスタッフ 宗学コラム 私論「折伏について」(9) 投稿者:鬼滅の言 如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり 新池御書 御書p.1,443 「我が如く等くして異なる事無し我が昔の所願の如き今は已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむ」 観心本尊抄 御書p. […]
2021年9月29日 / 最終更新日 : 2021年9月29日 サイトスタッフ 宗学コラム 妙法曼荼羅~神仏による啓示の時代から、唱題成仏の時代へ 日蓮大聖人の「立正安国論」冒頭では、打ち続く自然災害、疫病を「天変・地夭・飢饉・疫癘(えきれい)遍く天下に満ち、広く地上に迸(はびこ)る」と記述し、被害の惨状を「牛馬巷に斃(たお)れ、骸骨路に充てり。死を招くの輩既に大半 […]
2021年9月27日 / 最終更新日 : 2021年9月27日 サイトスタッフ 宗学コラム 創られゆく「信仰のかたち」~日本国の人々の賢父、聖親、導師 「真言諸宗違目」文永9年(1272)5月5日 法然が捨閉閣抛、禅家等が教外別伝、若し仏意に叶はずんば日蓮は日本国の人の為には賢父なり、聖親なり、導師なり。 法然浄土教の捨閉閣抛、禅家が説く教外別伝が仏意に叶わないならば( […]
2021年9月26日 / 最終更新日 : 2021年9月26日 サイトスタッフ 宗学コラム 摩訶・私感「白米一俵御書について」(1) 投稿者:鬼滅の言 爾前の経の心心は、心より万法を生ず、譬へば心は大地のごとし・草木は万法のごとしと申す、法華経はしからず・心すなはち大地・大地則草木なり 白米一俵御書 御書p.1,597 爾前経では、心から万法生ずる。例 […]