2020年10月18日 / 最終更新日 : 2020年10月18日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 40 11 「名ばかり」の別当 【 別当御房御返事 】 清澄寺の別当職とはどのようなものだったのでしょうか。 ここで「別当御房御返事」(文永11年5、6月頃)を確認してみましょう。 本文 聖密房のふみにくはしくかきて候。よりあ […]
2020年10月17日 / 最終更新日 : 2020年10月17日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 39 10 台密系の別当は 若き日は天台・台密の法脈に連なっていた日蓮大聖人が清澄寺別当就任を要請されていることからして(文永11年5・6月頃「別当御房御返事」)、大聖人の時代には天台・台密系の別当もいたと考えられます。 その […]
2020年10月16日 / 最終更新日 : 2020年10月16日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 38 9 関東護持奉行・弘賢 日蓮大聖人について「師匠道善御房に値ひ奉って、東寺家の真言を習学す」と記す「法華本門宗要抄」が作られる頃には、清澄寺はあたかも真言・東密と見られるような寺院となり(山川P86~)、窪田氏は宗要抄の […]
2020年10月14日 / 最終更新日 : 2020年10月14日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 37 【 高木豊氏の指摘 】 高木豊氏は論考「安房国清澄寺宗派考」(日蓮攷P25)にて、金沢文庫に所蔵する寂澄手択本の奥書にある寂澄の署名は一貫して同一だが、「納経札」の「院主阿闍梨寂澄」とは一致せず、別人との断定はひかえるが […]
2020年10月13日 / 最終更新日 : 2020年10月13日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 36 【 法鑁 】 法鑁は東密・小野流の書である「胎蔵界沙汰 付小野延命院次第」を書写しており、東密の相伝を受けていることが確認されます。 ◇「胎蔵界沙汰付小野延命院次第」 建長五年(1253)癸丑九月十四日未時書了 於長佐郷 […]
2020年10月12日 / 最終更新日 : 2020年10月12日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 35 ここでは頼瑜(嘉禄2年・1226~嘉元2年・1304)の弟子・頼縁と法鑁(日吽)、寂澄らの事跡を確認し、清澄寺での真言・東密の法脈の可能性を探ってみましょう。 【 寂澄 】 寂澄の手択本(しゅたくぼん・持ち主が手元に置い […]
2020年10月9日 / 最終更新日 : 2020年10月9日 サイトスタッフ 宗学コラム 神仏習合から本地垂迹、そして日蓮初期教団 552年(または538年)の仏教公伝以降に発生した神仏習合というのは実によくできた考えで、新と旧、即ち新しいものも従来のものも、そこに存在するものを共に生かして活かす共生の思想であったと読み解けるのではないでしょうか。や […]
2020年10月7日 / 最終更新日 : 2020年10月7日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 34 【 真言・天台が共にあった走湯山 】 これまで見てきたことをまとめると、 ・「走湯山縁起」では空海の来訪、安然の虚空蔵菩薩求聞持法の修法を伝える。これらは東密・台密の法脈が、早くから走湯山に共存していたことを物語るもので […]
2020年10月7日 / 最終更新日 : 2020年10月7日 サイトスタッフ 宗学コラム 佐渡期の外部批判(3)・私論 投稿者:鬼滅の言 或る人云く勧持品の如きは深位の菩薩の義なり安楽行品に違すと 寺泊御書 御書p.953 日蓮は深位の菩薩ではない。従って修行は勧持品で説かれる三類の強敵と闘う折伏行ではなく、安楽行品の摂受の修行をすべきで […]
2020年10月6日 / 最終更新日 : 2020年10月6日 サイトスタッフ 宗学コラム 安房国清澄寺に関する一考 33 【 走湯山で学んだ大石寺・日目師 】 ここで意を留めておきたいのは、大石寺3世・日目師(文応元年・1260~元弘3年・正慶2年・1333)が少年時代に走湯山で学問に励んだと伝えられていることです。まずは富士門流に伝わる二 […]