座談会御書「四条金吾殿御返事(世雄御書)」2026年(令和8年)7月度
〈御 書〉
御書新版 1590㌻14行目~15行目
御書全集 1169㌻8行目~9行目
〈本 文〉
日蓮(にちれん)は少(わか)きより今生(こんじょう)のいのりなし。ただ仏にならんとおもうばかりなり。
されども殿(との)の御事(おんこと)をば、ひまなく、法華経(ほけきょう)・釈迦仏(しゃかぶつ)・日天(にってん)に申(もう)すなり。
その故(ゆえ)は、法華経(ほけきょう)の命(いのち)を継(つ)ぐ人なればと思うなり。
〈通 解〉
日蓮(にちれん)は若い時から今生(こんじょう)の栄(さか)えを祈(いの)ったことはない。
ただ、仏になろうと思い願うだけである。
しかし、あなた(四条(しじょう)金(きん)吾(ご))のことは、絶(た)えず法華経(ほけきょう)・釈迦仏(しゃかぶつ)・日天(にってん)に祈(いの)っているのである。
それは、あなたが法華経(ほけきょう)の命(いのち)を継(つ)ぐ人だと思(おも)うからである。
〈背景と大意〉
本抄は、建治3年(1277年)、日蓮大聖人が56歳の時に身延で著(あらわ)され、鎌倉の四条金吾に宛(あ)てられたお手紙です。
世(せ)雄(おう)とは、現実社会において何ものにも負けず、悠々(ゆうゆう)と勝ち越えていく勇者という意味で、仏の異名(いみょう)です。
文永11年(1274年)、四条金吾が主君(しゅくん)の江間(えま)氏(し)を折伏(しゃくぶく)したことにより、反感を買ってしまい、疎(うと)まれるようになります。
そして、日頃から金吾に嫉妬(しっと)していた同僚たちは、この機に乗(じょう)じて讒言(ざんげん)や誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)を行い、それに誑(たぶら)かされた江間氏は、金吾に「領地(りょうち)替(が)え」を命(めい)じるまでになりました。
さらに金吾は、人生最大の試練(しれん)に直面します。
極楽寺(ごくらくじ)良(りょう)寛(かん)の暗躍(あんやく)によって、四条金吾が徒党(ととう)を組んで法座(ほうざ)を乱(みだ)したとの讒言(ざんげん)がなされ、主君の江間氏より「法華経の信仰(しんこう)を捨(す)てるという起請文(きしょうもん)(誓約書)を書かなければ、所領(しょりょう)を没収(ぼっしゅう)する!」と迫(せま)られました。
鎌倉時代における所領(しょりょう)没収(ぼっしゅう)とは、武士にとっての収入源と存在(そんざい)基盤(きばん)を同時に失(うしな)うことを意味し、武家社会において最大の重罰(じゅうばち)にあたります。
本抄の冒頭(ぼうとう)で大聖人は、「仏法は勝負」であり、仏とは最も優れた法を持(たも)ち、最も優れた「世(せ)雄(おう)」であると仰(おお)せになっています。
そして、日本、中国への仏法(ぶっぽう)伝来(でんらい)の歴史を引かれて、正法(しょうほう)を信ずる者は必ず勝ち、背(そむ)く者には厳罰(げんばち)があることを述(の)べられ、たとえ大聖人門下であっても、仏法を持(たも)ち続けることを忘れてしまえば、同様に滅(ほろ)んでしまうことを戒(いまし)められています。
さらに、『仏法と申すは道理(どうり)なり、道理と申すは主(しゅ)に勝つ物(もの)なり』との有名な御文(ごもん)を記(しる)され、強(ごう)盛(じょう)な信心を貫(つらぬ)き通すことによって、どんなに苦境(くきょう)に立たされたとしても必ず勝利できることを教えられ、信仰(しんこう)を捨(す)てるという起請文(きしょうもん)を絶対に書いてはならないとの激励(げきれい)とともに、金吾の揺(ゆ)るがない決意を確認されています。
今回、拝読する御書は、師匠である日蓮大聖人が、弟子である四条金吾のことを「法華経の命を継ぐ人」であると思って、ひたすら祈っていると温(あたた)かな激励(げきれい)を送るとともに、師弟(してい)不二(ふに)の闘争に対する深い御慈悲(ごじひ)と讃嘆(さんたん)の思いをつづられた箇所(かしょ)です。
〈講 義〉
(本文)
「日蓮(にちれん)は少(わか)きより今生(こんじょう)のいのりなし。ただ仏にならんとおもうばかりなり。」
「今生(こんじょう)の祈(いの)り」とは、大聖人に当(あ)てはめてみれば、鎌倉中の人に認めてもらいたいとか、有名になりたいとか、大きな寺院を建立(こんりゅう)したいとかという祈りだと思います。
私たちで言えば、お金持ちになりたいとか、大きな家に住みたいとか、
いい車に乗りたいというような、今(こん)世(ぜ)のみの自身の繁栄(はんえい)を祈(いの)ることです。
しかし、大聖人は、そのようなことは、祈ったことはない。
ただただ、「仏になること」だけを考えてきたんだと仰(おっしゃ)っています。
言うまでもなく、大聖人は、立宗(りっしゅう)宣言(せんげん)以来、迫害(はくがい)に次ぐ迫害の中、自身の繁栄(はんえい)などには、目もくれず、一切衆生の幸福を願い、戦い続けられました。
今回の御文(ごもん)の前段部分になりますが、迫害(はくがい)に遭(あ)い、人生最大のピンチにある、弟子の四条金吾に対して、「どんなに愛(いと)おしく離(はな)れたくない妻(つま)であっても、亡(な)くなってしまえば、どうしようもない。」 また、「どんなに、自分の所領(しょりょう)を大切に思っていても、死後は他人の物になってしまう。」と仰(おお)せになり、今(こん)世(ぜ)のみで崩(くず)れ去(さ)ってしまう、幻のようなことに執着(しゅうちゃく)せず、三世(さんぜ)永遠(えいえん)に崩(くず)れることのない、仏の境涯(きょうがい)を開くために、どんな苦境(くきょう)にあっても、信心を貫(つらぬ)き、絶対に負けてはならないということを教えられています。
また、健気(けなげ)に戦い、難(なん)に耐(た)え抜(ぬ)く弟子の四条金吾に、仏法で説かれる真(しん)の幸福境涯を何としても手にしてもらいたいという、師匠・日蓮大聖人の厳(きび)しくも暖(あたた)かい大(だい)慈悲(じひ)が感じられます。
(本文)
「されども殿(との)の御事(おんこと)をば、ひまなく、法華経(ほけきょう)・釈迦仏(しゃかぶつ)・日天(にってん)に申(もう)すなり。」
あらゆる障魔(しょうま)と戦い、一閻浮提広宣流布の誓願(せいがん)を貫(つらぬ)かれている、師匠・日蓮大聖人に連(つら)なり、共に広宣流布のため奔走(ほんそう)してきた、弟子の四条金吾のことをいつも、祈っていますよと励(はげ)まされています。
昭和32年、7月3日、夕張から大阪へ向かう池田先生を見送りながら、検察による取り調べの過酷(かこく)さを身をもって知っていた戸田先生が、弟子である池田先生の肩を抱(だ)き、「死んではならんぞ! 大作、もしも、お前が死ぬようなことになったら、私もすぐに駆(か)けつけて、お前の上にうつ伏(ぶ)して一緒に死ぬからな」という、自分と心を一つにして戦う弟子の池田先生のことをどこまでも思う、戸田先生の心と相(あい)通(つう)じるところだと思います。
偉大(いだい)な師匠(ししょう)の深い慈愛(じあい)と厳粛(げんしゅく)なる師弟の絆(きずな)を感じるところであります。
(本文)
「その故(ゆえ)は、法華経(ほけきょう)の命(いのち)を継(つ)ぐ人なればと思うなり。」
「それは、あなた(四条金吾)が法華経の命を継(つ)ぐ人であるからだ。」と仰(おっしゃ)っています。
法華経の命とは、万人(ばんにん)を幸福へと導こうとする大聖人(仏)の誓願(せいがん)です。
その誓願を我が誓願として、共に戦い、人生最大のピンチに挑(いど)もうとする
四条金吾の師弟(してい)不二(ふに)の信心を最大に讃(たた)えられたものと拝(はい)されます。
大聖人は、このお手紙の冒頭で「仏法は勝負」であると仰せです。
師匠である、日蓮大聖人は、御自身があらゆる魔軍(まぐん)と戦われ、その全てを打ち破(やぶ)りました。
その勝負とは、広宣流布という「法華経の命」を末法の世の中に甦(よみがえ)らせる勝負であったとも言えると思います。
また、この「法華経の命を継ぐ人」とは、言うまでもなく、師匠と心を一つにして、あらゆる魔軍と戦い、難を乗り越え、民衆救済に奔走(ほんそう)する弟子(でし)以外にありません。
現代において、「法華経の心を継ぐ人」とは、言うまでもなく、池田先生と心を一つにして戦う私たち以外にはないと思います。
師匠の勝利は、弟子の戦いで決まる!この一点を胸に「仏法は勝負」と、あらゆることに挑戦する、私たち同志の信心こそ、「法華経の命を継ぐ」ということではないでしょうか。
また、御書に「法(ほう)自(おのずか)ら弘(ひろ)まらず、人(ひと)、法(ほう)を弘(ひろ)むるが故(ゆえ)に、人法(にんぽう)ともに尊(とうと)し」とあるように未来(みらい)永劫(えいごう)、日蓮大聖人の心、また池田先生の心であります「法華経の命を継ぐ」人材を育てていくことも、私たちの大事な使命だと思います。
最後に池田先生は、ご指導の中でこう仰(おっしゃ)っています。
「『法華経の命を継(つ)ぐ人』が出現したということは、師匠の勝利であり、仏法の勝利です。
あとは、弟子が、師匠の思いを受け止め、師弟不二の信心で戦い、勝利することです。
御書には、『よき弟子をもつときには、師弟はともに仏果(ぶっか)に至(いた)り、悪い弟子をたくわえてしまえば、師弟はともに地獄に堕(お)る。師匠と弟子の心が違(ちが)えば、何ごとも成し遂(と)げることはできない』とある。
要(よう)するに師弟と言っても、弟子がどうかで決まる。」と仰(おっしゃ)っています。
大聖人が、四条金吾の不退(ふたい)の信心を喜ばれたように、私たちも池田先生に「よくやった!さすが、私の弟子だ!」と言っていただけるよう、今日より、また頑張って参りましょう!
御書講義 動画サイト
御書研鑽しよう会5月度座談会御書履歴
座談会御書 「寂日房御書」2000年(平成12年)
座談会御書 「異体同心事」2001年(平成13年)
座談会御書 「上野殿御返事」2002年(平成14年)
座談会御書 「十字御書」2003年(平成15年)
座談会御書 「さじき女房御返事」2004年(平成16年)
座談会御書 「異体同心事」2005年(平成17年)
座談会御書 「阿仏房御書(宝塔御書)」2006年(平成18年)
座談会御書 「千日尼御前御返事」2007年(平成19年)
座談会御書 「千日尼御前御返事」2008年(平成20年)
座談会御書 「四条金吾殿御返事(不可惜所領事)」2009年(平成21年)
座談会御書 「種種御振舞御書」2010年(平成22年)
座談会御書 「四条金吾殿御返事(煩悩即菩提御書)」2011年(平成23年)
座談会御書 「開目抄」2012年(平成24年)
座談会御書 「椎地四郎殿御書」2013年(平成25年)
座談会御書 「呵責謗法滅罪抄」2014年(平成26年)
座談会御書 「富木尼御前御返事(弓箭御書)」2015年(平成27年)
座談会御書 「開目抄」2016年(平成28年)
座談会御書 「四条金吾殿御返事(法華経兵法事)」2017年(平成29年)
座談会御書 「椎地四郎殿御書」2018年(平成30年)
座談会御書 「種種御振舞御書」2019年(平成31年)
座談会御書 「開目抄」2020年(令和02年)
座談会御書 「立正安国論」2021年(令和03年)
座談会御書 「開目抄」2022年(令和04年)
座談会御書「顕仏未来記」2023年(令和05年)
座談会御書「妙密上人御消息」2024年(令和06年)
座談会御書 「単衣抄」2025年(令和07年)
5月の広布史
――創価学会の日――
5月3日
■随筆 平和の城
晴れ渡る五月三日
■人間と仏法を語る11巻(今日より明日へ31巻)
5・3「創価学会の日」記念勤行会
――創価学会母の日――
1988年(昭和63年5月3日)
■人間と仏法を語る7巻(今日より明日へ10巻)
4・27 第1回全国婦人部幹部会
■人間と仏法を語る7巻(今日より明日へ11巻)
5・3 「創価学会の日」記念式典
■池田SGI会長指導集 「幸福の花束」―平和を創る女性の世紀へ
婦人部の歩み
