座談会御書「妙密上人御消息」2024年(令和6年)5月度

〈御 書〉

御書新版 1713㌻1行目~2行目
御書全集 1241㌻18行目~1242㌻2行目

〈本 文〉

金はやけばいよいよ色まさ(勝)り、剣はと(研) げばいよいよ利くなる。法華経の功徳は、ほ(讃)むればいよいよ功徳まさる二十八品は正き事はわずかなり、讃むる言こそ多く候へと思しめすべし。

〈通 解〉

金は焼やけばいよいよ色が良くなり、剣は研げばいよいよ良く切れるようになる。
(同じように)法華経の功徳をたたえれば、ますます功徳は勝っていく。
(法華経)28品は、法理の真髄を説くところは、わずかであるが、たたえる言葉こそ多くあることを、心得えていきなさい。

〈講 義〉

背景
■本抄は建治2年(1276年)閏3月5日、日蓮大聖人が55歳の時に身延で著され、鎌倉に住んでいた妙密上人に送られたお手紙。
■真筆は現存しておらず、詳しいことは明らかになってないが、信心強情な門下であったと考えられる。

どのような門下だったのか、少し掘り下げていきましょう

背景(人物像)
度々、青鳧(せいふ)五貫文をご供養
■貨幣価値(推測)→現代の40~50万円
■一貫文=一千文=米一石
■五貫文=五千文=米五石
■米五石(750㎏)=約5年分の米
比較的裕では?
■重量(推測)→約25kg?
■一文=約5g
■5g×5000文
”上人”と呼ばれてる
■大聖人から上人と呼ばれていた代表的な門下と言えば、日興、日目、阿仏房、最蓮房、浄蓮房、その他五老僧(違背)など
■法門を教えることが出来る、いわば教師レベルの弟子の呼称
■”超”強信者

背景(本抄内容1)
■ご供養への御礼
■生命という最高の財宝を守るため、食を施す功徳の大きさ
■末法に上行菩薩が出現し、妙法蓮華経の五字を世界に広める
■大聖人が、上行菩薩に先立って南無妙法蓮華経を唱えてる
■大聖人が、数々の大難に遭ったのは経文通りである

背景(本抄内容2)
■大聖人ただ一人が末法広宣流布を始めたのは、一塵が積もって須弥山となり、一露が集まって大海になるようなものである
■広宣流布を支えてきたことを讃え、妙密上人ご夫妻を激励
■妙密上人の志自体が、日本中に題目を弘めていることに等しい
■その大功徳は、自身の身に集まり諸天善神に必ず守護される
そして”お手紙の最後”に記されている、次の御文が、今回学ぶ範囲です。

〈本文〉
金はやけばいよいよ色まさ(勝)り、剣はと(研) げばいよいよ利くなる。法華経の功徳は、ほ(讃)むればいよいよ功徳まさる二十八品は正き事はわずかなり、讃むる言こそ多く候へと思しめすべし。

〈通解〉
金は焼やけばいよいよ色が良くなり、剣は研げばいよいよ良く切れるようになる。(同じように)法華経の功徳をたたえれば、ますます功徳は勝っていく。(法華経)28品は、法理の真髄を説くところは、わずかであるが、たたえる言葉こそ多くあることを、心得えていきなさい。

なぜ?
■お手紙の最後にこのことを書かれたのか?
■お手紙全体の内容は、ご供養への御礼から始まり、また、この信仰の正しさと法理を説かれ、それを支えてこられきた妙密上人ご夫妻はどれほどすごいのか、ということが書かている訳です。こんな信心強情な、上人クラスの門下に対し、しかも、”思しめすべし”(心得ていきなさい)と、くぎを刺されるように仰っています。別に、”讃むる言こそ多く候う”–、でもよかったのではないでしょうか?このことを頭の片隅においていただきながら、次に移ります。

池田先生のご指導は?
この御文を通し、池田先生はどのように指導されているのでしょうか?

■仏が賛嘆しているのだから、われわれも大いに賛嘆すれば、功徳はいよいよまさるのだ、と。仏と同じ心に立とうということです。
「法華経の智慧」(池田大作全集第29-31巻)

■経文も、仏と法とを、ほめたたえる言葉にあふれている。いわば「たたえる詩」であり、「合唱」である。釈尊も大聖人も「ほめたたえる人」であられた。
1998.2.4 スピーチ(1997.5〜)(池田大作全集第88巻)

■法華経を行じている「人」をたた えることは、「法」をたたえることに通じる。
1993.7.7 スピーチ(1993.6〜)(池田大作全集第83巻)

■リーダーは、妙法を弘める同志の活躍を、真心から讃え、ねぎらい、そして、励ましていくことだ。その分だけ、妙法の功徳はいちだんと輝き、いちだんと広がっていく。
2002.12.25 スピーチ(2002.8〜)(池田大作全集第94巻)

■妙法のすばらしさを讃えれば、功徳も、いよいよ大きくなる。「真心からの賞讃」があるところには、福運も歓喜も倍加する。
2005.12.24 スピーチ(2005.8〜)(池田大作全集第99巻)

池田先生のご指導
心で思っているだけではなく、口に出して、ほめなければいけない。

1998.2.4 スピーチ(1997.5〜)(池田大作全集第88巻)
ある国の話。ある時、農家の主婦が、食卓の上に料理を並べずに、牛が食べる干し草を、いっぱいに並べた。
食卓についた男たちは怒り出した。「俺たちは牛じゃないぞ!」
牛は、干し草を黙々と食べる。それと同じで、「おいしい」とも「ありがとう」とも言わずに、黙って料理を食べてばかりいる男は、牛と一緒に、干し草でも食べろというのである。
要するに、感謝も称賛も、「黙っていては、わからない」。
文殊菩薩は、ほかの人が見放した「手におえない衆生」を、ほめてほめて、ほめぬいて立派に教化したという。
私たちは、人をたたえ、人を奮い立たせる「名人」になりたい。それができる広布の「名優」になりたいものである。

考察
■先程の問いについて
(なぜお手紙の最後にこのことを書かれたのか?)
・おそらく大聖人は、さらに油断なきよう、いよいよの信心に立ち前進するよう、この御文を最後に加え、忠告をされたのかもしれません。なぜなら、大聖人の最高峰の弟子であった五老僧も、また、池田先生の側近であった原田執行部の輩でさえも退転したのですから…

最後に
この信心は本因妙の仏法です。今回の御書を通して、私自身、法華経の原点を忘れず、慢心を排し、今日よりさらに前進していこうと決意しております。今年は、一人の悩める友とお題目を上げることができました。日常に追われる日々ですが、折伏精神を忘れず、自活の皆様と共に広布の名優となって参ります。

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5月度座談会御書履歴

座談会御書 「寂日房御書」2000年(平成12年)
座談会御書 「異体同心事」2001年(平成13年)
座談会御書 「上野殿御返事」2002年(平成14年)
座談会御書 「十字御書」2003年(平成15年)
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座談会御書 「種種御振舞御書」2010年(平成22年)
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座談会御書 「開目抄」2012年(平成24年)
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座談会御書 「開目抄」2020年(令和02年)
座談会御書 「立正安国論」2021年(令和03年)
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5月の広布史

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 5・3「創価学会の日」記念勤行会

――創価学会母の日――
1988年(昭和63年5月3日)

■人間と仏法を語る7巻(今日より明日へ10巻)
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■人間と仏法を語る7巻(今日より明日へ11巻)
 5・3 「創価学会の日」記念式典

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 婦人部の歩み