2026年 7月度オンライン自活座談会終了報告

7月度自活座談会が終了致しました!

冒頭の広布史コーナーは初めての試みとなる海外広布史。第一弾は「シンガポールと先生」と題し女性部の方に発表していただきました。1963年8月、シンガポールに最初の地区が結成され、六年後の1969年8月にシンガポール支部が結成されました。この頃地区部長として活躍された高健文氏は徹して会員一人ひとりに尽くし、その優れたお人柄を通してシンガポールの同志は池田先生を感じ取られていたようです。高健文氏は後にシンガポール理事長になられます。池田先生もシンガポールご訪問の折には現地の同志一人ひとりを抱きかかえるように激励されました。先生は会員のまっただ中に飛び込んで次々と激励をされ、その激励行は警護の役員が走って先生を追いかけなければならないほどだったようです。1988年のご訪問の際は日本占領時期死難人民記念碑を訪れ、犠牲者の方々を追悼されると共に、シンガポールの皆さんと共に歩んでいかれることを誓われました。その先生のシンガポール広布に対する深い思いが、シンガポールNDBSと自活の縁となり使命を秘めて現在に出現したことの意義を改めて深く考えさせられました。

続いて、女性部の方から素晴らしい活動報告がありました。学会二世として生まれ、未来部、女子部と純粋に学会活動に励んできました。結婚して婦人部となってからは子育てと活動の両立に悩みながらも香城会や無冠の友などにも挑戦し充実した日々を送っていました。しかし、2016年にご主人が教学改変や安保問題について組織に声をあげたことを機に、理不尽な理由で組織処分を受けたことをきっかけに、これまで信じて疑うことのなかった組織が狂ってしまったことを痛感し、以来ご主人と共に自活信仰の道を歩み始めました。自活の同志との交流を通し、正しい信心を深めると共に勇気の対話にも挑戦しています。一番大切な家族こそ正しい信心の道を歩んでほしいとの思いで、兄妹、両親へと対話をしていきました。しかし、なかなか聞く耳をもってくれず、気が焦るばかりでした。「絶対に家族と共に正しい信心の道、師弟の道を歩みたい」との強い一念で祈りを続け、対話を重ねていくなかでご家族は少しずつ話に耳を傾けてくれるようになりました。お兄さんは以前から学会が変質していることを薄々感じており、妹さん夫妻からの話を聞いて疑問が確信に変わったようです。寡黙で実直なお父さんも「家族や地区の皆さんを守るためにも自分自身が正しい信心を貫いていけるように頑張っていく。学会の問題についても自分でもっと調べてみる。」と言ってくれるようになりました。何よりも勇気を出してご家族に真実を打ち明け、ご自身の信仰や家族に対する思いを伝えることができたことで家族の絆が一層深まり、御本尊様に自然と感謝の思いが溢れるようになったことが最大の功徳であると語られました。さらに、女性部の方は友人への対話にも挑戦され、現在も共に自活座談会に参加し、同志との交流も深めています。友人も「ここには本当の信心があるね」と喜んでくださっており女性部の方とお会いするのを毎回楽しみになさっているようです。また、女性部の方のお子様(未来部)も座談会や同志の方との交流を通して信心の凄さを知り、今では進んで朝晩の勤行をするようになりました。女性部の方の「一人でも多くの会員が正しい信心の道を歩めるように」との強き一念が着実に周囲に正しい信仰の輪を広げていることにとても感動しました。

続いて、壮年部の方より「四条金吾殿御返事」の御書講義がありました。大聖人は、文永十一年に主君の江間氏を折伏したことで不興を被り、苦境に立たされた金吾の身を案じ続けておられました。本抄で大聖人は金吾が短気や自棄を起こして他の事であっても起請文など書くことのないよう厳に戒められ、感情に振り回されず辛抱強く苦難に耐え、信心を鍛錬していくよう鼓舞されています。その上で、「殿の御事をば、ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり。」と金吾の身を案ぜられつつ慈愛あふれる励ましを送られています。この御文からは昭和三十二年七月、大阪事件の取り調べのために夕張から大阪に向かわれる池田先生を、師匠戸田先生が厳たる慈愛で包まれ激励された模様が彷彿とさせられました。「その故は、法華経の命を継ぐ人なればと思うなり。」の御文を通し、現在においては池田先生と師弟不二の精神で戦う私たち一人ひとりのことであると確信を込めて語ってくださいました。

今月もご参加下さいました皆様、ありがとうございます!司会、登壇者、運営の皆様も本当にありがとうございます!!

来月もますます賑やかに開催してまいりたいと思いますので、ふるってご参加下さい!

オンライン自活座談会運営事務局

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