【投書】怒り続ける事の難しさ。

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投書者:カナリア


最近、「安倍政権の負の遺産」が取り沙汰されることが多い。アベノミクスの失敗。異次元の金融緩和が10年余も続けられたことによる、歴史的な円安・物価高騰。平和憲法の精神を蹂躙する「軍事大国化」への道。そして何よりも、「嘘」と「詭弁」の連続によって、人々の心に「諦めること」を植え付けてしまった罪。この負の遺産は、菅政権を経て、現在の岸田政権に脈々と引き継がれているのである。

朝日新書の 安倍晋三VS日刊ゲンダイ「強権政治」との10年戦争 小塚かおる著を読むにつけ、日本の負った深い傷を感ずる。以下、何項目かの目次を引用してみる。

*戦争を「身近なもの」にした大罪=こうして日本は軍事大国へ
*破壊された民主主義の根幹=権力私物化の果てに。ペテン師がペテン弁明 国民愚弄 嘘とゴマカシ、挙句の横暴、すべてが悪法だから強行採決
*失われた自民党の矜持=統一教会・日本会議とズブズブ。自民党保守派の正体と家族観
*メディアを壊したのは誰か? 自民党がテレビ局に送りつけた圧力文章等々。

あとがきの中で、元経産省官僚の古賀茂明氏の以下の言が紹介されている。
『得体のしれない「安倍的なもの」が、ウィルスのように人々に伝染し続けている。安倍氏亡き後、このウイルスも勢いを失うかと思ったが、実際には安倍派的な政治家ではないと思われていた岸田首相が安倍氏以上に安倍的な政治を行っている。一部の右翼だけでなく、世論も、例えば岸田政権が原発活用に転じたことについて「電気が足りないから仕方ない」、防衛費を増やすことも「安全保障環境を考えたら仕方ない」という空気になってきた。ウイルスの増殖は気付かぬうちにむしろ勢いを増し強くなっている』・・と。

池田先生のご指導の中に“怒り”について、御書を通して以下、語られるところがある。

『日蓮大聖人は「瞋恚(しんに)は善悪に通ずる者なり」と仰せである。悪に怒りを燃やすのは「善」なのである。「燃え上がる怒り」がなくなったら、もはや「正義」の心はない。心は死んでいる。死んだ心に、功徳もない。喜びもない。幸福もない。』
(1999年 第38回本部幹部会・第10回東北総会)
と。

一般的に「怒る事」は悪い事のように捉えられがちであるが、御書には善悪に通ずると仰せである。「悪」に対する“怒り”は大切な事であり、むしろこれは「善」に通じることなのである。しかし“怒り“を持続させることは難しい。直近の世論調査では、自公政権の存続よりも、政権交代を望む有権者が、10ポイント程多くなっているようだ。

平家物語にあるように、「おごれる人も久しからず」・・なのである。為政者は、民衆の怒りを侮ってはならない。

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