座談会御書「上野尼御前御返事(烏竜遺竜事/おりょういりょうのこと)」2025年(令和7年)3月度
〈御 書〉
御書新版 1913㌻3行目~7行目
御書全集 1580㌻6行目~9行目
〈本 文〉
法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り・口に唱ふれば其の口即仏なり、譬えば天月の東の山の端に出ずれば其の時即水に影の浮かぶが如く・音とひびきとの同時なるが如し、故に経に云く「若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無し」云云、文の心は此の経を持つ人は百人は百人ながら・千人は千人ながら・一人もかけず仏に成ると申す文なり
〈通 解〉
法華経、つまり、大聖人の仏法は、手に取れば、その手がそのまま仏になり、口に唱えれば、その口こそが仏なのです。たとえば、月が東の山の端に現れれば、その時直ちに水面につき影が映るように、音とその共鳴が同時であるようなものです。ですので、法華経の方便品第二には、「もしも、法華経を聞いた人は、一人として仏に成らない人はいない」とあるとおりです。この経文の意味は、大聖人の仏法を大聖人の仰せ通りに実践する人は、百人が百人、千人が千人、一人も漏れることなく仏に成りますよ、という内容の経文なのです。
〈講義の前に〉
毎月の御書は、『大白蓮華』の「座談会拝読御書」を用いています。
そこで、御書の拝読に入る前に、一旦、この事自体を考えて見ましょう。
『大白蓮華』は聖教新聞社からの発行です。では、その聖教新聞社の社主は誰か。
それは、現、創価学会の原田会長です。
すると、聖教新聞社からの出版物は社主の意向に沿ったものであり、当然、『大白蓮華』も社主の意向を無視する訳がありません。
この点で、私は『大白蓮華』は破折の対象である、と考えています。
何故なら、原田会長および聖教新聞社を含めた創価学会本部という集団こそが、現時点における第3の増上慢=僭聖増上慢だと、私は見定めているからです。
末法に現れる3つの増上慢については、『開目抄』に詳細があります。
下記がその通解です。
「3つの増上慢のうち、第2は、第1の者より悪質であり、第3の者が最も悪質である。それは、第1よりも第2、第2よりも第3の者の方が、より一層、正体を見抜き難いからである」また、次のようにあります。
これも通解で記載します。
「阿羅漢の姿をして、静寂な所に住み、大乗経典を誹謗するだろう。凡夫の人々はこれを見て、皆が、彼こそが真の阿羅漢であり、大菩薩であると思うだろう」
現在の学会本部は、この御文の通りになっています。
つまり、法華経の行者の姿をして、信濃町という静寂な所に住し、日寛上人の教学を「宗門教学」と誹謗して「学会教学」に改変し、一般会員からは、「本部こそは創価学会仏の中心である」、と思われています。正に、『開目抄』の通りではありませんか。
また、一般会員にしても、教学改変について話をした時の、会員の回答はこうです。
「そら会長は頼んないけど、学会本部には教学部の賢い人が仰山おるし、東洋哲学研究所には、一年中、教学の研究してる人がもっとおるんやで。会長が間違うた事したら、その人らが何か言う筈や。それが何も言わんねんから、問題ない、ちゅーこっちゃ」
この通り、一般会員の学会本部に対する信頼は篤いのです。
やはり「正体を見抜き難い」と言う『開目抄』の御文通りです。
しかも、「学会教学」にとって都合の悪い書物は、次々、廃版・絶版・改版して行く、という力も持っています。
これらのことから創価学会本部という集団こそが、第3の増上慢であると結論しました。
以上の前提で、改めて『大白蓮華』を一見すると、記載内容に大きな問題があるようには見えません。
実は、そこが問題です。これこそが第3の増上慢の手口だからです。
再度、『開目抄』を引用してみましょう。
以下は該当部分の通解です。
「この諸々の悪人は、経典を読誦するといっても、如来が説こうとする深い意味のある重要な義を消し去ってしまって、世間の飾りたてた、美しいだけで意味のない語を置くだろう。」
それでは、この点に注意して、今月の御書を拝読して参りましょう。
〈背景と大意〉
今回の拝読御書は、弘安3年(1280年)11月15日に、南条時光のお母さんである上野尼御前に送られたお手紙です。
前年の7月には、幕府が蒙古の勅使を斬る事件を起こしており、再びの蒙古襲来を予感させる不穏な世情であったと思われます。
ところで、上野尼御前は、この時、夫・南条兵衛七郎とは16年前に死別しており、その後、9人の子供達を女手一つで育てた婦人門下です。特に、南条時光は大聖人から「上野賢人」と称される程の人物に育て上げ、更に、末っ子の七郎五郎も、大聖人から将来を強く期待される若者にまでしています。(ただ、残念なことに、その七郎五郎は、この2ヶ月ほど前に亡くなっています。)
この様な事から、尼御前の信仰と人柄は、大聖人から高く信頼されていた事が察せられます。また、尼御前は、駿河国庵原郡松野の武士・松野六郎左衛門の娘として生まれ、成長して南条家に嫁ぎます。父・松野六郎左衛門の入信は、尼御前の嫁入りの後の事で、この後、入道となり、純真に信心にも励んでいたようですが、このお手紙の2年前に亡くなっています。
今回の御書は、尼御前の父、故松野六郎左衛門入道の法事に関する質問に対して、大聖人が尼御前に御返事されたお手紙となります。
質問は、大体、次のような内容と推察されます。
「私の兄弟は、父の法要・回向を邪宗で行っていて、それに対し、自分は他家へ嫁いだ身でもあり何とも言えないのだが、やはり法華経で法要・回向しなければ、父は成仏できないのではないかと心配している」
こういった話は現在でも良くあり、親戚や知人の法事に参列すると、邪宗で法要してる、「ああ、嫌やなあ」といった状況だろうと想像できます。
これに対する大聖人の御返事は、先ず、妙法蓮華経が花と菓が同時である蓮華に譬えられ、今回拝読の御文に繋げられます。拝読御書の御文の後には、副題ともなっている中国の烏竜遺竜父子の故事が詳しく述べられ、この話と同様に、故入道殿の成仏が間違いなき事を断言され、お手紙を結ばれています。
〈講 義〉
『大白蓮華』の解説ページには、「同志のもとへ さあ歩こう!民衆のために 行動しよう!」と大見出しがあり、また、拝読のポイントは[広布の実践は全て「仏の振る舞い」、万人成仏の大法を歓喜の心で語ろう]であるとしています。が、本当にそんな内容なのでしょうか。
今回の御書では、先ず、妙法蓮華経が蓮に譬えられる、と始められ、その蓮がどのような花か、「花と菓が同時なり」とだけ述べられ、拝読部分へと続けられます。
この「花と菓が同時なり」とは、『当体義抄』で詳しく述べられる「因果倶時・不思議の一法」を顕わしており、大聖人の深遠な法門なのですが、しかし、ここでは、敢えて仏法用語は用いず、「花と菓が同時なり」の一言に留めておられます。しかも、この後、お手紙の最後まで、平易な御言葉で通しておられます。
ここにこそ、大聖人のお心が現れていると、私には思えるのです。
「花と菓が同時なり」に続く拝読範囲では、ここに含意される法門を、砂に水が染み込む様な分り易さで説明されています。方便品の経文も引用されてはいますが、それすら平易です。
なお、御文「その手やがて仏に成り」の「やがて」は、現代語での「やがて」のように一定の時間経過を示すものではなく、古語辞典によると、鎌倉時代の「やがて」には「そのまま」との意味があるとのことで、この古語辞典による「そのまま」をそのまま使用して、通解と致しました。
ですので、拝読範囲前半の「手」、「口」、「天月」、「音」のご説明は、無作で良い、ありのままの姿で良いのですよ、と仰られていると思います。九界の凡夫のままで良いのですよ、と。
拝読範囲後半、経文を挙げて、その説明をされる所「この経を持つ人は・・・仏に成る」では、「持つ」が重要であると思いました。つまり、法華経の「持」ち方こそが大事なのだと。
御文の「法華経」とは、勿論、大聖人の仏法ですが、「持つ」の方はと言えば、通解にもさせて頂いた通り、「大聖人の仰せ通りに実践する」事だと思います。
2025年の現時点で、日蓮系教団は、宗門と創価学会も含めて、40団体以上ありますので、「大聖人の仰せ通り」かどうかという一点は、殊に重要で、この一点の違いで、天地の差を生じてしまいます。
ここで、拝読範囲全体を通して見ると、次のようになると思います。
「兄弟の法要の仕方で悩んでいるなら悩んだ心のままで、嬉しいなら嬉しいで良いし、辛ければ辛いまま、そのままの姿で、純真に、真剣に、大聖人のご指導通りの信心を貫くならば、その姿のままで、仏なのです。ならば、貴方はもう仏に成っているのですよ」との仰せであると思います。
この解釈を裏付けるのが、拝読範囲に続く、烏竜遺竜の故事です。
烏竜遺竜の故事のあらすじを申します。
昔、中国に、父・烏竜と息子・遺竜の書道の大家がおりました。父は亡くなる間際、息子に遺言をします。
「法華経を書写するな」こう言い終わると、堕地獄の相を示して、亡くなりました。この後、遺竜は父を超える書道の大家となり、その評判を聞いた時の王が、遺竜に法華経書写の依頼をします。遺竜は王の頼みを何度も断りますが、とうとう怒った王は、今度は命令として、遺竜に法華経書写を言い渡します。遺竜は泣く泣く、法華経の題号、即ち、妙法蓮華経の題目だけは書写すると約束し、法華経28品の題目を、父の遺言に背いて申し訳ない、と泣きながら書写しました。遺竜は、その申し訳なさから、父の墓前で3日3晩、泣き明かし、3日目の寅の刻、烏竜が見違えるような立派な姿で、遺竜の前に現れます。そして言うには、遺竜が題目を書写してる時、自分は地獄におったが、遺竜の書いた題目が仏となって地獄に現れ、自分を成仏させて貰った。その事をお前伝えるために、ここに来た。というのが故事の内容です。
更に、私の御書解釈を裏付けているのは、お手紙の結びの所で、「入道殿は都卒の内院に参り給う」と尼御前の父は成仏したとの御断言です。実は、これだけではなく、この御言葉の直前には「故五郎殿と入道殿とは尼御前の父なり子なり」と仰せで、先頃亡くなった尼御前の息子・七郎五郎の事にも触れられ、息子の成仏も間違いない、との仰せと拝されます。
これは、大聖人が門下を深く思いやっておられる証拠であると思います。
今回の拝読御書全体を通して解るのは、尼御前の不安や悲しみを何としても取り除こうとされる大聖人のお心であり、一人一人の門下に対する深い慈しみではないでしょうか。
『大白蓮華』の解説では「御本尊を信じて唱題し、その歓喜を他の人々にも語り抜く」などと言っていますが、遺竜は父の遺言に背いた慚愧の思いに満ちた心で書写した題目が父を成仏させた、と言うのですから、これとは真反対です。
御書を拝読する時は、拝読部分だけを見るのではなく、その前後の御文との関係や御書全文における拝読部分の意味合い、また、時代背景や対告衆の状況なども考え合わせて、大聖人のお心に逼る態度が大切であると思います。何故なら、大聖人の仏法をどのように「持つ」か、が大事なのですから。
『大白蓮華』の解説は、大聖人の御書や先生の指導を利用して、自分の主張を述べているに過ぎず、書いている事は、学会員の心を操る美辞麗句に溢れてはいますが、実に浅薄。
正に、『開目抄』の御文通りの増上慢でしかありません。
『大白蓮華』の御書解説者は、解説ベージの大見出しや拝読のポイントの主張がしたいのならば、それに相応しい御書を適切に選定すべきであると思います。
『大白蓮華』発刊の目的、発刊の意義は、『人間革命』第4巻「生命の庭」に、「討論の場を提供するのだ。両方で精一杯、誌上で法論をたたかわせていくうちに、誰の目にも、その勝劣、正邪が判然としてくるだろう。」とあり、また、「『大白蓮華』を出すについて、いちばん肝腎なことは、広く社会の風波のなかで論戦し、一切の哲学を打破していくことだ。その覚悟がなくては、断じてなりません。僕らの仲間だけ、宗門だけに通ずる言葉で、あれこれ言う時代は、もう過ぎた。もっと極端な私の考えを言えば、宗教の分野だけに通用する理屈で事足れりとしている時代では、絶対なくなっている。広宣流布というのは、他の宗教の邪義だけ破っていれば済むことでは決してない。はっきり言うなら、前代未問の思想戦を指すのです。あらゆる現存する思想という思想と、大聖人の大生命哲学との対決を意味するのです」と明言されています。
この『大白蓮華』本来の目的からすれば、須田元副教学部長との教義論争は、須田さんの主張を全て『大白蓮華』に掲載した上で、誌上での公開討論とすべきではありませんか。
また、2023年頃から始まった心の悩みに関する各種相談窓口紹介、今月号に至っては、仕事の悩み、子育ての悩み等の相談窓口まで紹介していますが、これは創価学会の存在意義を自ら放棄していることになりませんか。学会創立以来95年、これらの悩みを全て引き受けてきたのが創価学会だったのではなかったのですか。これら相談窓口は、創価の思想どころか、仏法すら関係がないではありませんか。
まるで、創価思想が現代行政カウンセリング機構に屈服してしまっているように見えます。
よって、『大白蓮華』は、その発刊の目的・意義からの乖離が続く限り、私の破折対象のままでしょう。
最後に、池田先生のご指導を記させて頂きます。
「第25 回本部幹部会」(1998年8月27日)の先生のスピーチです。
「『御義口伝』には、「功徳」の意義について、こう説かれている。
「悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり」
悪を滅し、善を生ずる―不幸を滅し、幸福を生じる―これが「功徳」である。
無量無辺の功徳は、「悪」と戦い、「仏敵」を倒してこそ、わいてくる。」
以上
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