投書者:カナリア
大白蓮華11月号より、「法華経の智慧-21世紀の宗教を語る」
の連載が始まった。
「法華経の智慧」(全6巻)は、1995年2月から4年半にわたって、池田先生と斎藤・遠藤・須田氏、3名の教学部の代表との鼎談として掲載されたものである。
これは、池田先生が残して下さった、現代の御義口伝とも言うべき、創価学会教学の決定版とも言うべき重要な教学書でもある。
11月号の大白蓮華を読んでみて、案の定というべきか、この連載は序章の解説にして既に、先生の示された重要なご指南を踏み外す、狡猾な誘導文章だと私には思えた。
何故かなら、大白蓮華41pの文末に載せるべきであった、「ご法華経をどう読んでいくのか?」-「日蓮大聖人は御義口伝に仰せです。」との、池田先生のご指導を意図的に省略しているからである。
「法華経の智慧」において、法華経をどう読むかについて、池田先生は、「『法華経28品は悉く南無妙法蓮華経である』と述べられ、御義口伝を厳格に拝していく」というお立場を明確に示されている。すなわち、日蓮大聖人の文底仏法の立場で、法華経を読んでいくことを、根本命題としておられるのである。
にもかかわらず、大白蓮華では御義口伝(文底仏法)については一切触れず、今後も、文上の法華経解釈に終始していくのであろうという姿勢が垣間見えるのである。これは誠に恐ろしい事である・・。
これらは、創価学会教学要綱p76にある「大聖人ご自身が、竜の
口の法難を契機に、釈尊から「南無妙法蓮華経」を付属された上行
菩薩の使命に立ち、云々」に通底する、釈迦本仏論を志向する、
邪義であることは論を待たない。
法華経の智慧(ワイド版5巻p187)如来神力品のところで、先生は以下のように言われている。「難しいが、要するに、久遠以来、名字即の凡夫のまま日蓮大聖人が南無妙法蓮華経の本法を所持しておられる。それが「本」。それから見れば、法華経の経文上の上行菩薩等の儀式は「迹」になる。経文は、大聖人が事実として妙法を広宣流布されるための「与証」(あらかじめ出す証拠)であり「文証」です。」と。
上記、この入り口を外せば、師敵対の学びになってしまうことを、知らねばならない。
なお、まだお読みでない方には、池田先生と「法華経の智慧」で鼎談された元副教学部長須田晴夫氏の著書、「創価学会教学要綱」と日蓮仏法の考察 (鳥影社)をお勧めします。
池田先生のご指導、ご指南として、日蓮仏法はこれからも、護らなければなりません。