【投書】生死一大事血脈抄に厳然たるご指導あり

投書者:滝山城址に立ちて
池田先生の昭和52年の生死一大事血脈抄講義で、以下のご指導をされておられますので、皆様にお伝えさせていただきます。
①異体異心の者は師子身中の虫であり、最大の敵であるとの仰せです。異体同心の団結を乱し、生死一大事の血脈を途絶えさせていくゆえに、その罪は大きい。仏法の上から言えば、一往は五逆罪の中でも最も重い破和合僧の罪に当たります。
しかし、再往これを論ずれば、それにはとどまらず、更に重い「誹謗正法」の罪に当たるわけであります。なぜなら、仏法の根源である生死一大事血脈すなわち妙法蓮華経に背くゆえであります。この「異心」とは、根本は日蓮大聖人のお心に反することであります。〈池田大作全集24巻p182~〉
②三位房日行は、教学もあり、門下の長老でありました。比叡山に遊学もしているし、竜象房をものの見事に破折する等、学に秀でていた。弁も立つ人であった。しかし、才知に慢ずるところがあり、…世間の権威に弱く、一閻浮提第一の法門を持する誇りと自覚に欠けていた。…京の貴族の権威よりも大聖人の仏法の存在を下にみる心があったようです。〈池田大作全集24巻p184~〉
①のご指導は、原田学会が謗法であるとの証明であり、②のご指導は、日本や世界の宗教権威に憧れている教学要綱作成の中心的人物たちの心根は三位房と同類であるとの証明ではないでしょうか。
さらに先生は以下のご指導をされています。
③『三位房が事は大不思議の事ども候いしかども、殿ばらの思いには、「智慧ある者をそねませ給うかと、ぐちの人思いなん」と思いて、ものも申さで候いしが、腹黒となりて大難にもあたりて候ぞ。なかなか、さんざんと、だにも申せしかば、助かるへんもや候いなん。あまりに不思議さに申さざりしなり』(旧御書全集p1191)。ここには重要な御教示があります。
三位房について指導し、間違いを言ってあげられない雰囲気がつくられていたという点です。なにか言いづらい。そうしたムードを弟子たちがいつの間につくってしまったのです。〈池田大作全集24巻p183〉
③のご指導は、まさに原田学会執行部に対する信濃町宗教貴族たちの姿勢そのものではないでしょうか。引用されている御文の通解を以下に記します。
聖人御難事通解
『三位房のことについては、大変いぶかしいことが前々からあったけれども、門下の弟子たちの考えには、三位房のように智慧がある者に間違いを注意すると、三位房に嫉妬しているのだと、愚かな人は想像すると思ったから、今まで何も言わなかったのであるが、(予想していた通り)ついに悪心を起こして大難にあい、不幸の死をとげたのである。かえって十分に戒めていたならば、助かることもあったであろう。だが、あまりのいぶかしさに、言わなかったのである』
裸の王様の原田学会執行部とそれに追従する宗教貴族たちのままで三位房の末流として現罰を受けていくのか、日興上人の末流として宗教改革の王者の道を歩み大功徳を受けていくのか、今、大聖人様から信濃町の方々に問われているのではないでしょうか。
