【投書】善悪は関係性-『法華経の智慧』に学ぶ

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投書者:紅群れ咲く丹木の丘

 顕謗法抄で大聖人様は、『謗法とは法に背くという事なり』と仰せです。所沢の地で創価大学卒業生の図斉さんが、これまでの数々の論考で、大聖人様から池田先生に連綿と受け継がれてきた正しい最高善の法に対して、教学要綱すなわち原田学会が背いている事実を明らかにしてくださいました。したがって原田学会は謗法と断ずることができると確信いたします。
 
 創立者は法華経の智慧提婆達多品第十二の中で、『大聖人は「善に背くを悪と云い、悪に背くを善と云う。故に心の外に善無く悪無し」(旧全集p563)と仰せです。善も悪も実体ではない。空であり、関係性によって生ずる。だからこそ、絶えず善に向かう心が大事であり、行動が大事なのです』と、言い残してくださっています。

 『善悪は関係性』であるからには、教学要綱を世に顕した原田学会は、日蓮仏法上「悪」に成り下がってしまったことは言うまでもありません。

 図斉さんが云われ無き処分を受けたことにより、この自活サイトを閲覧し始めた所沢界隈の学会員さんがおられるかもしれません。そしてその中には創価大学卒業生の方々がおられるかもしれません。

 以下に法華経の智慧の創立者のご指導をお伝えして、お読みいただいた方が一人でも多く『善に向かう心と行動が大事である』とのお言葉を、実践に移していただくことを期待しますとともに、善の団結が広がることを祈らずにはいられません。

法華経の智慧 池田先生ご指導
①知識は善人をいっそう善人にし、悪人をいっそう悪くするものです。「信仰者」とは「自分を支配しよう」とする人間です。「野心家」あるいは「権力者」とは「他人を支配しよう」とする人間です。

②「内なる悪」を自覚し、その克服に努力しなければ、とたんに悪に染まってしまう。その意味で「善人」とは「悪と戦っている人」です。外の悪と戦うことによって、自分の内なる悪を浄化している人のことです。この軌道が人間革命の軌道です。

③善と悪とは「実体」ではない。どこまでも「関係」の概念です。牧口先生は『善人でも大善に反対すれば、ただちに大悪に陥り、悪人でも大悪に反対すれば、忽ちに大善になる』と言われていた。善悪は関係性です。また『かの良観、道隆の輩も、もし日蓮大聖人が出現されなかったならば、生き仏として現世を終わったであろう。残念なことには、彼らはこの関係がわからず、私利私欲に目がくらみ、大悪僧になってしまった。やはり、嫉妬によって悪人になってしまった。』

④悪への正義の怒りは善。エゴの怒りは悪。怒りそのものが善いとか悪いとかは言えません。善悪は「関係性」です。だからこそ積極的に「善の関係」を創っていくことです。
〈以上、提婆達多品第十二より〉

⑤ともあれ、悪は結託する。連合軍になる。分け前を得るために団結の姿を示すのです。一方、善は利得と無縁なために、孤立してしまう。この悲劇を転換しなければならない。善が団結しなければなりません。

⑥悪を見抜くのは行動する人です。戦う人です。かつてある青年が牧口先生に、何が善で何が悪かを、どうすれば判断できるようになるかと、質問したことがある。牧口先生は、「世界最高の宗教を命がけで修行する。その努力と勇気があれば、分かるようになる」と答えられたと言います。
〈以上、勧持品第十三より〉

【投書】善悪は関係性-『法華経の智慧』に学ぶ” に対して1件のコメントがあります。

  1. カナリア より:

    非常に示唆に富む投稿、ありがとうございます。
    悪との闘いを続ける事は難しい。しかし悪との闘いこそが日蓮仏法の骨髄ですね。
    三代会長のご精神も、民衆を護るための、悪との闘いだったと拝しております。
    一人でも多くの心ある人、悪と戦える人の出現を祈るばかりです!

    1. カナリア様
      コメントをありがとうございます。励みになります。
       三代会長の御精神、まったくカナリア様のおっしゃる通りと確信いたします。先生が法華経の智慧で、ご心情を言い残してくださっています。以下に載せます。皆様がご一読くださったらありがたいです。

      〈法華経の智慧で言い残された池田先生のご心情〉
      (安楽行品第十四)
      ①「難即安楽」と言っても、指導者に「全同志を必ず安楽の境地に導いてみせる」との一念がなければ観念論です。「学会に、全同志に限りなき希望の道を開かせたまえ」と、私は若き日より祈り続けてきたのです。「学会員でよかった」「苦労してきてよかった」-そういう世界を広げたいのです。

      (観世音菩薩品第二十五)
      ②私は毎日、ただ「広宣流布」と会員の皆様の「健康」「長寿」「繁栄」「多幸」を、それだけを祈っている。これが私の根本的責任であり、使命であると自覚しています。責任者というものは簡単なものではない。
      ③来る日も来る日も、一瞬の油断もしなかった。できなかった。ただ御本尊に「広宣流布の希望の道を無限に開かせたまえ」と祈ってきた。幹部も同じ心であっていただきたい。その「心」がなくなったら官僚主義です。

      (陀羅尼品第二十六)
      ④私は創価学会の屋根になろうという決心できた。屋根だから炎熱も受ける。雨も嵐も受ける。雪も積もる。しかし、それで皆が守られるならそれでいい。しかし、そのために幹部を甘やかしてしまったとしたら、これほど残念なことはない。私は水の中の杭のようなものだ。杭が厳然としていれば、民衆の船は杭にしっかりとつかまっていられる。嵐の日にも安心だ。しかし、そうやって皆がほっとして、団欒している間にも、杭は見えない冷たい水の中で、一人頑張っているのです

      教学要綱は発刊した原田学会に追従している本部職員ならびに幹部諸氏は、この先生のご心情を『学んで学んで学んで学んで学んで』悪と戦う信仰者になっていただきたいと思います

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