【投書】所沢問答に寄せて

JIKATSU投書アイキャッチ

投書者:創価大学30期 上野 大一

2023年11月に「創価学会教学要綱」(以下、教学要綱)が発刊されて以来、主にネットを中心に、創価学会の教義に関する論争が盛り上がりを見せている。そして、私も、教学要綱に大きな疑問を持ち、この論争の行く末を追っている一人である。

この論争の大きな転換点となったのは、2024年9月、「法華経の智慧」で池田先生と対談した一人でもある須田晴夫元副教学部長が、「『創価学会教学要綱』の考察:仏教史の視点から」を著し、原田会長宛に送られたことであるのは間違いない。そして、この勇気ある行動が火種となり、今の学会執行部・教学部による教学改変、そして、教学要綱を糾弾する声が、確実に全国に広がりつつあるのだ。

今現在、この破邪顕正の論陣の先頭を行かれているのが、創価同窓の先輩でもある、4期 図斉 修氏である。図斉氏は、これまで26本もの教学要綱を破折する論考を発表されてきた。そこに脈打つのは、「師の教えを寸分たがわず護り抜いてみせる」という”師弟不二”の一念である。私は、深い敬服の念を抱かずにはいられない。

そして、同郷の5期 廣川 文彦氏も声を上げられ、所沢市の副会長2名を含む70名もの幹部に「教学要綱に関する質問会」の開催をメールで依頼された。しかし、結果は、図斉氏の一方的な役職解任と、メールの「無視」であった。この一連の流れに関し、私は、次元は異なるが、日蓮大聖人の書簡が、幾度となく、権力者たちに無視され続けた史実を思い出し、その不誠実極まりない対応に、心から憤慨した。しかし、御書に、そして、創価三代のご指導に照らし、これらの方々こそ、日蓮大聖人の、そして、創価の師弟の精神を受け継がれている、真の弟子であることは間違いない、と信ずるものである。

教学要綱の問題点の詳細については、須田氏、図斉氏をはじめ、多くの方々が、noteやXで発信しており、基本的には、そちらを参照されたい。

私自身の立場の表明のため、一つ重大なものを上げるとしたら、教学要綱における「上行菩薩の使命の自覚」と銘打たれた、竜の口の法難・佐渡流罪に関する記述である。ここに引用する。

「ここには、竜の口の法難・佐渡流罪の以前と以後(「佐前・佐後」とも称される)において、大聖人の立場が明確に転換していることが示されている。(中略)それでは、大聖人は新たにどのような立場に立たれたのであろうか。それは、釈尊から滅後悪世の弘通をたくされた地涌の菩薩、なかんずくその筆頭である上行菩薩としての役割を果たす立場である」(教学要綱p43)

私は、初めて教学要綱を手にして読んだとき、この箇所に非常に強い違和感を抱いた。なぜなら、「荒凡夫という迹を開き、久遠元初自受用報身如来としての本地を顕す」という日蓮大聖人の「発迹顕本」は、従来の創価学会教義体系の根幹中の根幹であり、ここが変わることは、これまで学び、信じてきた教理・法理が、それこそ全て、根底から変更せざるを得なくなるからである。

以下、取り下げるべき教学要綱の邪義の一例である。

① 日蓮大聖人は「御本仏」ではない
教学要綱では「御本仏と尊称する」としているが、この言葉に、仏教における迹仏に対する「本仏」の意はない。そして、釈尊に代わって弘通をする立場なので、釈尊が「本仏」にならざるを得ない。

② 日蓮大聖人は「人本尊」ではない
実際、今の学会では、「人本尊」という用語はなくなっている。そして、男子部教学室は、大聖人を「拝む対象ではない」としている。

③ 御本尊から「人法一箇」の削除
御本尊を拝むことに、人帰命の義がなくなる。これは「大聖人に直結」とは逆の「大聖人からの分離」を意味する。

④ 「凡夫成仏」の基盤の喪失
日蓮大聖人の「発迹顕本」は、凡夫成仏を体現した実例であり、我々の成仏の手本である。したがって、その意義を隠すことは、凡夫成仏の教義的基盤を損なうことを意味する。それは、人間革命・宿命転換の可能性を見失わせることと同義である。

今の創価学会において、これらの教義が変更されたことは、表立って発表されてもいなければ、説明等も一切ない。しかし、教学要綱を基にすると、今挙げたように考えざるを得ないのである。

また、明後日6/7(日)に開催される任用試験では、教学要綱ではなく、2015年に発刊された「教学入門 : 世界宗教の仏法を学ぶ」の内容が使われているようである。なぜ、現在の公式教義書である教学要綱を基にした試験ではないのだろうか。この「ダブルスタンダード」ともいえる状況にも、疑問を感じざるを得ない。

ここに初めて投稿させていただいたのであるが、同じ創価同窓の大先輩方にならい、今後、地元荒川でも、「教学要綱に関する説明会」の開催を、強く訴えていきたいと深く決意している次第である。

東京都 荒川区在住 創大30期 上野 大一

【投書】所沢問答に寄せて” に対して1件のコメントがあります。

  1. 近藤大治 より:

    池田先生の本幹での、原田会議への指導で。「原田❗️会員の為、学会の為頑張れ‼️いいか‼️」原田会長「はい」と答えた。誠実に見せた姿である。しかし、腹は煮えくりわたっていたのだろう。池田先生が倒られてから、本性を出した。池田先生御書講義を削除で、原田新教義を師匠に報告せず、打ち立てた。その新教義は、会員には、明確にしない。反発を恐れているからだ。何故なのか?

  2. 2006年11月創立記念本部幹部で、原田新会長に指さしながら、『派閥を作ってはいけない!』と厳しい口調でご指導されました。
    池田先生の洞察力は凄まじいです。先生の洞察通りの原田学会に成り下がってしまいました。一方の正木新理事長には『君は創価同窓初の最高幹部。がんばれ!』(趣意)と激励されました。近藤様がおっしゃる通り、原田新会長の腹は煮えくり返っていたのでしょうね。9年後、正木理事長は体調不良という発表で理事長職を辞任しましたが、正木氏と同郷の私の友人談として、『正木理事長が体調不良というのは虚偽報告だ。辞任の4日前に自分の先輩が正木氏と新宿区のお好み焼き屋で元気いっぱい会食した』とのこと。平気で純粋な会員の皆様を欺くのが原田学会と如実知見しております

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA