【投書】所沢の地にて〝教学要綱〟の『質問会』開催への願い

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投書者:高橋博子

本稿は、​私が一人の会員として、所沢の役職のある方々70数名に対して発信したメールと、私の今の思いを書き綴ったものです。
​(※より分かりやすくお伝えするために、当時のメール文に、あとから少しだけ言葉を付け足して掲載しています。)
まずは、そのメールの内容からご覧ください。

「皆様へ
度重なる一斉メールにて失礼いたします。私がこの方法で皆様に思いをお届けするのも、今回で4回目となりました。
​私は、皆様のように組織を引っ張る幹部ではありません。一人の末端の会員に過ぎません。
そんな一会員の私が、これほどまでに声を上げ続けるのは、特定の個人を攻撃したいからではありません。役職解任された図斉さんが、その後も何度も誠実に言葉を尽くし、対話を求め続けてきたにもかかわらず、なぜこれほど長い間、完全な「無視」という形で切り捨てられているのか。その理不尽な事実に、どうしても向き合っていただきたいからです。
​正式な役職を担い、組織の要である 70 数名の幹部の皆様に、どうしてもお聞きしたい重要なことがあります。
今回、執行部から出された『教学要綱』ですが、皆様は本当にこれをご自身の目でしっかりと読まれ、納得されているのでしょうか。
ほとんどの方が内容を深く読まれていないか、全く読んでないように見受けられます。あるいは、『そもそも教学を深く勉強する機会が少なく、教学要綱 を読んでもよく分からない』というのが、皆様の本音ではないでしょうか。

​実際、私の今住んでる地域や過去に住んだことのある地域では、昨年の段階でこの教学要綱の存在自体を知っている幹部の方は『0人』でした。
そして今年になり、やはり何人かの方々に内容を読まれたかどうかお聞きしましたが、現場を率いる圏幹部以下では、“中身をきちんと読んだ”という方は、やはり誰一人としておられないのが現実でした。
だからこそ、私自身がこの1年半、様々な役職の方々に質問を重ねても、どなたからも明確な答えをいただけていないのだと感じております。

​また、教学要綱における教義の変質に対する考え方については、この地域を率いる幹部の方々の間でさえ、看過できない矛盾が生じています。
それは、1回目のメールの際にお伝えした【本部の回答の矛盾】と、全く同じ現象です。私が本部に確認した際、『教義は時代とともに変わる』と答える人と、『教義の内容は変わっていない、概念が変わっただけだ』と答える人の二パターンに分かれていましたが、現在の地域の現場でも、全く同じことが起きているのです。
​ある幹部の方に、『教学要綱を読まれましたか? 創価学会の三宝が変わってしまいましたよね?』と尋ねたところ、その方は中身を読まないまま、『教義は時代とともに変わると思う』と言われました。
さらに私が、『人間革命』第2巻に示された戸田先生の『時代の進展によって変更しなければならない教義や、矛盾に満ちた宗教は誤れる宗教と断定すべきで』とのご指導を伝えたところ、その方は言葉に詰まっていらっしゃいました。後日、再びお会いした際、その方は『池田先生監修だから、時代とともに変わってもいいと思った」とお話しされましたが、私が「池田先生が監修されたという証拠はあるのですか?』と重ねて尋ねると、それ以上は明確な回答がなく、別の話題に移られてしまいました。

​その一方で、圏より上の幹部のかたですが、教学要綱は読まれたそうで『教義は何ら変わっていないと思う』と、前述のかたとは正反対の主張をされていたのです。

さらに、また別の幹部の方に、『【人法一箇】のご本尊様への祈りでいいんですよね?』と確認したところ、その方は一応『うん』と頷かれました。しかし、私が『でも、今回の教学要綱からその文言が消えているのですが、どういうことなのでしょうか?』と尋ねると、途端に明確な説明ができなくなり、『教学のことは突き詰めすぎるとな〜…』と言葉を濁され、対話を避けられてしまいました。

​幹部の方々さえ一貫した説明ができない教学要綱。信仰の根幹から目を背け、中身はよく分からないけれど、上が言っていることだから、答えられないから、話をそらす、黙っておこう…などと、幹部の皆様が、そんな思考停止のままで、本当に正しい信仰の姿と言えるのでしょうか。一人の末端の私から見ても、その姿はあまりにも不自然で、悲しいものです。

​今回も、図斉さんが、【池田先生のご指導】と【聖教新聞】を分かりやすく照らし合わせ、どこがどう違っているのかの比較を示し、そこに【教学要綱】同様、「隠れ釈迦本仏論」が潜んでいると思われる理由をメールに添付してくださっています。
私も拝読しましたが、本当に驚くほど分かりやすく、矛盾がひと目で理解できる内容です。
​『よく分からない』と目を背けるのではなく、池田先生の弟子であるならば、役職を持つ幹部の皆様こそ、まずこの内容を真っ正面から読むべきではないでしょうか。
どれほど上の立場の方の言葉であっても、池田先生の正しいご指導をねじ曲げるようなことがあれば、それを正すことこそが、幹部の皆様の本来の責任のはずです。
答えられないからと黙り込むのは、その過ちを「容認した」ことにもなります。
​私は、皆様の中にあるはずの『純粋な信仰の心』と『幹部としての誇り』『師弟不二の心』を信じています。
どうか目を背けずに、教学要綱、そして図斉さんの論考の内容を読んでいただき、教学の誤りや矛盾を正すために、正々堂々と話し合える『質問会』の場を設けるための勇気ある声を貸してください。心ある皆様の賢明なご判断を、切に願っております。
​長文失礼いたしました。
読んでいただきありがとうございました。
2026.5.19 所沢市在住 髙橋博子」

ここからは、このメールに込めた思い、そして今の組織や現場に対して私が抱いている正直な気持ちを書き綴らせていただきます。

◎2020年の役職解任

所沢の図斉氏が役職を解任されたと知りました。私の知る限りでは、所沢で役職解任となった方は、2020年に聞いたH氏に続いて2人目です。

H氏の時、私は白ゆり長を務めていました。
その日、突然「緊急で会館に集まるように」との連絡が入り、主人とともに会館へ向かいました。会館では、当時の私には面識もなかったH氏という方が役職解任になったことが伝えられました。詳細な説明はほとんどなく、その後すぐに会合は解散となりました。
正直なところ、その時の私は緊急招集の必要性に疑問を感じました。
さてその後の周囲の反応は印象的でした。
「あの人、私は結構好きだったのに、なぜ?」
「いい人だったのに……」
先輩方の悲しみや戸惑いの声を聞きながら、私は「そんなに慕われている方が、なぜ役職解任になったのだろう」と感じました。そして、組織に対して何とも言えない異様さや怖さのようなものを覚えたのです。
もっとも、その頃の私は、その意味を深く考えることはありませんでした。

◎6年後に起きたこと

それから6年が経ちました。
私が知る幹部の中でも、図斉氏は私が知る中でも特に誠実で、池田先生の精神を大切にされていることが伝わってくる方でした。その図斉氏が役職を解任されたことを、私はご本人から届いたメールで知りました。
図斉氏のメールによれば、図斉氏は約1年3か月にわたり、副会長宛てに25本の論考や質問を送り続けていたそうです。しかし回答はなく、その後、「学会批判をし、組織をかく乱した」との理由で役職を解任されたとのことでした。また、「抗弁の機会はありますか」と尋ねても、「決定ですから」と告げられたそうです。加えて、地域の役職者には、図斉様からの連絡を拒絶するよう求める趣旨の通達もあったとのことでした。
私はそのメールを読み、愕然としました。私にはそれが対話ではなく、一方的な排除のように映りました。
長期間にわたる質問に回答せず、その後に役職解任という結果に至ったのであれば、それは私にはパワーハラスメントやいじめに感じられます。
また、もし多くの役職者の方々がこうした状況を知りながら何も声を上げなかったのだとしたら、その沈黙にも私は強い疑問を感じます。
組織を攪乱したといいますが、組織を護ることと、一人の会員の尊厳を守ることは、本来両立するはずです。しかし今回の件では、その尊厳が十分に守られていたのだろうか、と私は考えずにはいられません。
もちろん、私は当事者ではありませんし、組織側からの説明も聞いていません。そのため、事実関係のすべてを把握しているわけではありません。
それでも、図斉氏から伝えられた経緯を読んだ限りでは、この対応が会員一人ひとりの尊厳を大切にするものであったのか、私には大きな疑問が残りました。
6年前の私なら、「何か事情があるのだろう」と受け流していたかもしれません。しかし今回は違いました。
私には、度重なるこのような一連の経緯に強い疑問を抱かずにはいられませんでした。そして、組織のあり方について改めて考えさせられる出来事となったのです。

◎私自身の教学要綱への疑問

さて、教学要綱による、教義の変質については、実は私自身も、疑問を抱いています。
約1年半にわたり地域の役職ある先輩の方々へ質問を重ねてきましたが、納得のいく回答を得ることはできませんでした。
その経緯については、冒頭に掲載したメールに記した通りです。私にはその対話の中で感じた、幹部の方々に対する大きな疑問が3つあります。
①三宝が大きく変更されているにもかかわらず、なぜ「教義は変わっていない」と言うことができるのでしょうか。

②改訂前の『人間革命』第2巻「車軸」の章において、戸田先生は「時代の進展によって変更しなければならない教義や、矛盾に満ちた宗教は誤れる宗教と断定すべきである」と厳しく戒められていますし、
1988年5月8日の朝霞圏幹部会で池田先生は、『災難対治抄』の御文を引かれ「三宝を破壊するようなことは二度と起こしてはならない」と強く警鐘を鳴らされてるにもかかわらず、
なぜ「教義は時代とともに変わってもいい」と容易に言えてしまうのでしょうか。

③なぜ十分な検証もないまま、
「教学要綱は池田先生監修だから問題ない」と結論づけることができるのでしょうか。
私は、池田先生が従来の考え方から180度転換するような変更を、何の説明もなく容認されたとは到底思えません。
だからこそ私は、「池田先生監修だから大丈夫」という言葉だけで納得することができないのです。
むしろ、そのように言われる方々は、どのような根拠によってその結論に至ったのか、私は知りたいと思っています。失礼ながら私には、そうおっしゃる方々は、現実に起きている変化を直視せず、池田先生のご指導の趣旨までも都合よく解釈しているようにしか見えません。

◎なぜ質問会を求めるのか

そうした中で、幹部の皆さんとの対話を通して、私が繰り返し考えさせられたことがあります。
それは、「創価学会を護る」とはどういうことなのか、ということです。
皆さんは「創価学会を護りたい」と語られます。その思いはとても素晴らしいことだと思います。
しかし、「創価学会を護る」とは何を意味するのでしょうか。幹部、本部、執行部の決めたことを護ることでしょうか。
それとも、池田先生の御精神を護り、〝日興上人が護りとおされ、牧口先生戸田先生が牢獄に入られてまで護りぬかれた日蓮大聖人様の仏法〟を信仰し、御本尊様根本に信仰する会員一人一人を護ることでしょうか。
当然ながら、後者であるべきではないでしょうか。

1993年4月20日の池田先生のスピーチでは、牧口先生の言葉として次のように紹介されています。

「教えが広まってくると、先駆者の精神は失われ、宗教によって生活の糧を得、金をもうける『職業宗教家』(宗教家)が占領してしまう。彼らは民衆が宗教を正しく評価する力に乏しいことにつけこむのである。」そして続けて、
「聖職者は腐敗する。それが歴史の常である。」
とご指導されています。
さらに、その指導が掲載された4月22日付の聖教新聞の見出しは、
『停滞・堕落・信徒抑圧の宗教史に終止符を』!でした。
だからこそ私は、対話の場を設けていただきたいと切に願っています。
疑問を持つ人を排除するのではなく、質問に正面から向き合い、共に考える場が必要ではないでしょうか。
私が求めているのは対立ではありません。教学要綱について疑問を持つ会員と、それを支持する会員、そして指導的立場にある方々が同じ場で語り合える質問会の開催です。
そのような開かれた対話が行われていく事こそが、会員一人ひとりを大切にする真の創価学会の姿であり、池田先生がお喜びになられる、本当の学会厳護のあり方であり、世界に開かれた宗教界の王者の姿なのではないでしょうか。
今こそその姿を、師弟不二の異体同心の団結で、共に実現して参りたい!そう私は願ってやみません。

2026.6.5  所沢市在住 髙橋 博子

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