投書者:滝山城址に立ちて
尊敬する信心の先輩から、池田大作全集に収録されているすごいご指導を教えていただきましたので、皆様にもお伝えさせていただきます。現在の原田学会を洞察されているかの如くです。
〈池田大作全集第76巻p243~〉
〔海外派遣メンバー協議会「現実の大地から“夢”を掘りだせ」平成3年2月14日〕
○権力の魔性を描いた『動物農場』
イギリスのある哲学者の言葉に「無知は恐怖の母」とある。知らないから恐れるし、惑う。英知の光で闇を払ってしまえば何ものも恐れることはない。迷う心配もない。その「英知」のために、今日も少々、語っておきたい。
イギリスの作家ジョージ・オーウエル。彼の代表作の一つに、寓話『動物農場』がある。長年、「人間」という暴君に支配され、しいたげられていた動物たちが、ついに革命を起こす。「動物に自由と平等を!」-イギリスのある農場に起こったこの“民主革命”は成功した。人間の農場主は追い出され、新たに「動物農場」の旗揚げをした。
彼らは皆で決めた「動物主義」の原則にしたがって自治を始めた。皆、幸せだった。誇りに燃えていた。「すべての動物は平等である」。この永遠の指針のもと民主的な理想郷をつくるのだ!。人間たちからの逆襲も、全員の奮闘で見事撃退した。
ところが-時とともに、平等の原則は崩れてくる。それまで動物みんなの合議で運営されていた農場が、いつしか、リーダーを自認する豚たちの手で、何もかも決定されるようになっていった。
初めはささいな変化だった。全員のためのミルクが、ある朝、こっそり消えたのである。やがて真相がわかった。豚たちが自分のエサにまぜていたのだ。彼らは皆のリンゴも横領していた。
豚たちは弁明した。詭弁では誰もかなわない。『われわれ豚は、リーダーとして頭脳労働をしている。農場の未来はすべてわれわれ豚の双肩にかかっている。そこで、いやいやながらも、ミルクをたくさん飲み、リンゴを食べて、栄養を取り、諸君の福祉に努めねばならないのだ』と。『自分たち“豚族”を敬い、大事にしてもらいたい。ミルクとリンゴをかすめ取ったように見えるかもしれないが(事実その通りなのだが)、それもすべて農場のためだ』というのである。
人のいい動物たちは、皆、だまされた。
いったん、こうなると、あとは歯止めがきかない。豚は“特権階級”になった。堕落するのは早かった。人間たちが残した豪華な家で眠り、禁じられている酒を飲み、昼間から酔っぱらっていた。苦しい仕事はすべて他の動物たちにやらせ、自分たちは何といっても豚なのだから、偉いのだと胸を張った。
本来、他の人よりも苦労するゆえに、リーダーは尊敬を受ける。大切なのは、立場ではなく行動である。ところが豚たちは、俺たちは特別なのだから、何もしなくても、また何をしても許され、尊敬されるべきなのだというのである。
とうとう彼らは、根本原則の「動物主義」を勝手に修正した。
「すべての動物は平等である」-このあとに、豚たちはこっそりと、こう書き加えたのである。-「しかし、ある動物(豚のこと)は、ほかのものよりも、もっと平等である」
自分たちの都合に合わせて、規約を少しだけ変更する。これが権力の常套手段である。よく理解しないと、だまされてしまう。
その“ほんの少しの変更”が悲劇的結末へとエスカレートしていく。そうなっては手遅れである。悪の芽は早いうちから徹底的に摘まねばならない。
他にも「どんな動物でも酒を飲むべからず」は「どんな動物も過度に酒を飲むべからず」に、「どんな動物もベッドに寝るべからず」は「どんな動物もシーツをかけたベッドに寝るべからず」に、「どんな動物もほかの動物を殺すべからず」は「どんな動物も理由なくしてほかの動物を殺すべからず」に、こっそり書き換えられた。そして豚たちだけが酒を飲み、安楽なベッドに寝て、処罰と称して動物を殺した。