【投書】3.11に思う その(2)

投書者: 石楠花
2012年1月、研究留学中の米国の大学での最終講演のテーマを「3.11東日本大震災」にした。
東部の名門大学である。どんな質問が出るだろうか、福島の原発事故に対する質問は絶対出るだろう、何をどう話せばいいのか、考えに考えた。
死亡者数や経済損失を数字で示しても心に響かない。かと言って、被害の悲惨さを伝えるだけでもダメだ。
祈りながら考えに考えた結論は、誰にでも絶対にある菩薩の生命を揺さぶり動かす….
よし、これだ、決まった。
ポスターやチラシも自分で作って配った。大学側は「とても有意義な講演になると思うけれど、これまでの例を見ると、学生はなかなか集まらない。彼らも忙しく、成績に直接関係のないことには参加しない」と言われた。いずこの国も同じである。
学生たちは、高校まで2番以下の成績を取ったことがないという人たちだ。
はたして、蓋を開けてみると優秀な眼をした学生が36名来た。
完璧!なぜならその教室の椅子の数は36脚。その他、教員も4名来て下さった。
東北の人々を立ち上がらせた「負げでたまっか」の精神を伝えたかった。
英語でどう表現すれば良いのだろう。We will not be defeated. We will never lose. 何か今1つ迫力がない。
行きついた言葉は、
But Still I am not discouraged.
これでいいではないだろうか。主語はweではなくIだ。
よし、決まった。
そして福島は英語で言うとFortune Islandだということも伝えたかった。
史上最大とも言える大災害から人々はどう立ち上がり、今をどう生きているか、動画や画像を使って紹介した。
中学の卒業式を目前に津波に呑まれ、母親を救えなかった少女の作文を紹介。
「他の人からみれば私はかわいそうな高校生かもしれませんが、私はそうは思いません。このような経験をしたから得えられたチャンスがあります。そして、どんなことも頑張れる自信もあります。また、辛い人の気持ちを分かってあげることもできます」
1時間の講演の後、質疑応答の時間になった。果たしてどんな質問が来るか。たくさんの手が上がった。
「今、僕はアメリカにいて何もできません。僕にできることは何でしょうか」
「私が今この高校生に何をしてあげられますか」
「どうすれば東北の復興を応援できるでしょうか」
学生たちは真剣だった。薄っぺらな同情もなかった。
全力で答え、終わってからふと見上げると、したたるようなオレンジ色の夕陽が温かく輝いていた。お疲れ様と言ってもらっているようだった。
ほどなくして、英訳御書 ”Major Writings”で
「此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然どもいまだこりず候」
御書p1056
の「いまだこりず候」の英訳は
But Still I am not discouraged.
だと知った。
今後いついかなる時も、オレンジ色の大きな夕陽を見れば、私はどこでも、一人でも、戦えると思っている。