【投書】現場で教学要綱に抗う

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投書者:紅群れ咲く丹木の丘

原田学会が姑息に出版物を通して、師弟違背の教義を会員の皆様にすり込んでいる現実に抗うために、先日の地区座談会の場での私の話しの中身を、以下のようにしました。

任用試験に合格した女子中等部員さんがおられたので、そのお祝いの意味を込めて、教学の基本中の基本であることから話しを始め、一つ一つの内容について問いかけ、その回答を参加者に挙手をしていただき、確認をしながら進めていきました。

まずは、大聖人様が顕された人法一箇のご本尊様を信じきっていくことを三代にわたる師匠に教えていただいたと思われる方は挙手をお願いします。

次に、私たちは釈尊の仏法を実践しているのでしょうか?。大聖人様の仏法を実践しているのでしょうか?

皆様すべて、三代にわたる師匠に人法一箇のご本尊様を信じきっていくことを教えていただいたと挙手をされ、大聖人様の仏法を実践していると挙手されました。

そしてこの自活サイトの論考で学ばせていただいた大聖人様の御文で、報恩抄の『宝塔の内の釈迦・多宝…脇士となるべし』や、百六箇抄の『我が内証の寿量品とは…その教主は某なり』、上野殿御返事の『末法に入りぬれば、余経も法華経もせんなし。但南無妙法蓮華経なるべし。…此の南無妙法蓮華経に余事をまじえは、ゆゆしきひが事なり』の三つの御文を掲載している配布資料を全員にお配りして、一緒に拝読し、その通解と説明をした後で、次の質問をしました。

「では、私のこれまでの話しから考えますと、末法の今の世の中で必要なのは、釈尊の教えでしょうか?。大聖人様の教えでしょうか?」

すると、私の話しの前の未来部コーナーで楽器演奏をし終わって、会場の後方でゲームをしていた小学校5年生の男子少年部員さんが「大聖人様!」と間髪を入れずに回答してくれました。場内は拍手喝采でした。すぐに私は次の質問として、「そうなりますと、今の時代では、釈尊の位と大聖人様の位とを比べると、どちらが、位が上になりますか?」とたずねました。

今度は任用試験に合格した女子中等部員さんが「大聖人様!」と回答してくれました。そこで私は、「となりますと、大聖人様が釈尊の使い、すなわち家来であるという考えは、正しいでしょうか?間違ってるでしょうか?」とたずねたところ、盛り上がってきた大人の参加者たちが異口同音に「間違っている!」と回答してくれました。

そして最後に、種種御振舞御書の『日蓮を用いぬるともあしくうやまわば国亡ぶべし』の御文を一緒に拝読して、間違った捉え方で大聖人様の教えをねじ曲げていけば、国や社会、集団、組織は衰退していくと大聖人様が仰せですから、戦前の創価教育学会が衰退したのが教学力がなかったからだという歴史を繰り返さないためにも、私たち学会員は三代にわたる師匠の教えを根本に御書を学んでまいりましょう!と、教学要綱の名を一切出さずに話しを終えました。

ひょっとして、原田学会最高幹部や方面幹部、本部職員の教学力は、小学校5年生の男子少年部員さん以下なのでしょうか?笑止です。

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