【投書】魂の独立を、今再び!
投書者:カナリア
「毒気深入・失本心故」は、法華経如来寿量品の「良医病子の譬え」に出てくる言葉である。毒気が体に深く入ってしまった故に、正気(本心)を失ってしまった状態をいう。
教団の言う事(おかしな打ち出し)を、「おかしい」と思わず、言うなりになっている人々。
「根本教義」が変えられてしまっているのに、気付きもせず、何も感じられない人々。
この様な状態を指して、「洗脳」というと、「強制」が含まれる場合があるので使いたくない言葉ではあるが、「洗脳状態」とは言えなくもない。
「マインドコントロール」という言葉も、操作する者の存在が前提になるから、完全にはしっくりこない。会員各々は表面的には自分自身で、物事を決定しているのだから・・。
私としては、「集団催眠」にかかった状態という言い方が、腑に落ちる気がする。いずれにせよ、本人は自覚しない「洗脳状態」を、どうすれば解くことが出来るのだろうか?
さわさりとて、先だっての衆院選の結果、公明党が比例区で115万票も減らしたのをみれば、徐々に「集団催眠」から覚める人が増えてきているのも事実だろう。しかしまだまだ、「何かがおかしい」と薄々感じていても、「集団観念の世界」から抜け出せない人は多い。
池田先生はご生前「御本仏・日蓮大聖人こそ、久遠元初の自受用報身如来であり、三世にわたって常住する根源の仏である」との主旨のご指南を、何度もして下さった。また、宗門との離別後も、「大聖人の出世の本懐である一閻浮提総与の大御本尊が信心の根本であることは、これからも変わらない」とご指導されている。
にもかかわらず、現執行部は「教学要綱」において、「文底仏法」・「人法一箇」を否定し、仏宝を日蓮大聖人から⇒(実質)釈尊に、法宝を御本尊から⇒(題目)南無妙法蓮華経に、僧宝を日興聖人⇒創価学会仏に、仏教の基本教義である「三宝」の解釈を変更してしまった。
宗門との離別・魂の独立となった1991年11月より、先生の姿が公式に見られていた2010年5月までの19年の間、先生は根本教義の解釈変更を一切なされていない。すなわち、現執行部は先生の教学を、真っ向から否定してしまったということである。
これを、「師敵対」といわず、何と言うのであろう。元副教学部長、須田さんの発刊された「創価学会教学要綱の考察」は、その実態を「可視化」してくれたのだと私は思う。
「化義」とは。随方毘尼の原理に則り、国や地域の風俗・習慣・また時代によって、仏法の根本教義を変えない限り、衆生を教え導く形式・方法は柔軟に変えても良いことを指す。
一方、「化法」とは衆生を教化するために説いた「教義」そのもので、むやみに変更する事は許されない。
現執行部が今していることは、日蓮仏法の根本教義である「三宝」すなわち変えてはいけない「化法」を変えているということなのである。
池田門下を自覚する者なら、21世紀のために先生が残された、「法華経の智慧」を、今こそ学ぶべきであろう。そして、先生の教えを取るのか?誤った執行部(組織)に従うのか?心して決めるべきであろう。
1991年から33年、今再びの「魂の独立」。其の為には、「師弟の精神」を呼び覚ますしかあるまい。