大悪を大善に・日蓮仏法の思考

日本国における自然災害と安全保障。

現代におけるテーマでもありますが、鎌倉時代にそのことを宗教的次元から考え解決せんとしたのが日蓮大聖人です。

一仏教僧がいわば「国と国土の安全保障」というものを真剣に考え、国家の存亡にかかわる二大柱に取り組みながら「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(富木入道殿御返事)、「三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや、十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや」(立正安国論)と現実世界に仏国を顕現することを願い語り、妙法弘通に励んだのですから、「社会的立場のいかんに関わらず一閻浮提を思い、スケールの大きな思考を持ち語るのが日蓮大聖人の仏法である」ということがいえるのではないでしょうか。

また、自然災害、安全保障のいずれにせよ、それらを災厄という消極的捉え方、いわば嘆き悲しみで終わらせるのではなく、むしろ妙法が広まる機縁としてとらえることが「立正安国論」以来の大聖人の常の思考であると思います。

その具体例を「別当御房御返事」(文永11年・1274)に見てみましょう。

大名を計るものは小耻にはぢずと申して、南無妙法蓮華経の七字を日本国にひろめ、震旦・高麗までも及ぶべきよしの大願をはらみ(懐)て、其の願の満すべきしるしにや。大蒙古国の牒状しきりにありて、此の国の人ごとの大なる歎きとみへ候。日蓮又先よりこの事をかんがへたり。閻浮第一の高名なり。

大きな名声を計るものは小さな恥にとらわれることはないといって、日蓮は南無妙法蓮華経の七字を日本国に弘め、やがては中国、朝鮮へと弘めゆく大願を懐いている。その大願を満たすべき前兆だろうか、文永5年(1268)より大蒙古国からの牒状・国書が度々届いたことは、日本国の全ての人の大きな嘆きのもとになっているようだ。日蓮は以前より他国侵逼難があると考えていたのだ。今回、警告が的中することは、一閻浮第一の高名なのである。

蒙古襲来という国家的危機は、日蓮大聖人にとっては震旦・高麗への妙法蓮華経の弘通、流布を意味するものとしていたことがうかがえます。

一見して、国の危機や人心の不安に便乗しながらの布教を意図していたのかという向きもありますが、特に大地震や風水害、疫病等で多くの死を眼前とし、蒙古襲来による惨状を書簡に描写していた日蓮大聖人ですから、自然災害・安全保障を前兆として妙法弘通を語ったということは、その念頭には「生者も死者も共に生きていく」という「三世の共生」というものがあったと思うのです。

「あなたの死はムダにしないよ。わけ分からずに生まれて、わけ分からずに死んでいったのではないのですよ。その生と死には必ずや意味がありますし、私がそのようにします」「日本国にとっては嘆きでも、妙法に生きるとき、それはまた新しい可能性を開花させゆく旅の出発なのです」という大聖人の思いが感じられてなりません。

宗教、政治、経済、国際情勢等、思考と語ることは大きく、奈落の底に沈むようなことも、そこからの新たなる展開を思い描いて勇躍への転機としてしまう。

現代では、その主役は一人の庶民だと思いますし、妙法とは実に不思議なる法でもあると思います。

                         林 信男