天変地夭・疫病と日蓮仏法
妙法比丘尼御返事
かかる世にいかなればにや候らん、天変と申して彗星長く東西に渡り地夭と申して大地をくつがへすこと大海の船を大風の時・大波のくつがへすに似たり、大風吹いて草木をからし飢饉も年年にゆき疫病・月月におこり大旱魃ゆきて河池・田畠皆かはきぬ、此くの如く三災七難・数十年起りて民半分に減じ残りは或は父母・或は兄弟・或は妻子にわかれて歎く声・秋の虫にことならず、家家のちりうする事・冬の草木の雪にせめられたるに似たり、是はいかなる事ぞと経論を引き見候へば仏の言く法華経と申す経を謗じ我れを用いざる国あらばかかる事あるべしと、仏の記しをかせ給いて候御言にすこしもたがひ候はず。
意訳
(爾前権教が広まっている)このような世に、いかなるわけか、天変といって彗星が長く東西を渡り、地夭といって大地を覆すこと、あたかも大海の船を大風の時に大波が覆すのに似ています。大風が吹いて草木を枯らし、飢饉は毎年のように起こり、疫病は毎月のように蔓延し、大旱魃があって河や池や田畑はみな枯れてしまいます。
このように三災・七難が数十年続いて起こり、民は半分に減り、残った人々が、あるいは父母、あるいは兄弟、あるいは妻子と別れて嘆く声は秋の虫の鳴く声に異ならず、家々の散りうせること、あたかも冬に草木が雪に責められているのに似ています。これはどういうことなのかと経論を見ると、仏の仰せには「法華経と申す経を謗じ、仏を用いない国があればこのようなことが起こるであろう」と仏が書き記しおかれた言葉と少しも違わないのです。
天災地変、大彗星、大風、旱魃、飢饉、疫病・・・亡くなる人が民の大半を越えるような凄まじい三災七難が数十年にわたって続く。 父母、兄弟、妻子が死に別れて、その嘆きの声は秋の虫のように地上に満ちている。
悲しく無残な光景が眼に浮かびますが、そのような時に日蓮大聖人は「是はいかなる事ぞと経論を引き見候へば仏の言く」と、「何故こうなるのか?」と経典を開いて考えたのです。
『事が起きた時に、世がどれだけ乱れようとも、「是はいかなる事ぞ」と経証、文証によりその所以(ゆえん)を確認し、周囲に語っていく』
日蓮大聖人が教えてくれた、最も大切なことの一つだと思います。
また、終戦後の、戸田先生の自問自答が思い起こされます。
この世で、最も忌むべきことは、誤ったものを正しいと、信ずることだ。
自己が、たとえどんなに善意に満ちていたとしても、また、どれほど努力を尽くしたとしても、そんなことには関係ない。信じたものが非科学的であり、誤っている場合、人は不幸を招かざるを得ない。これは疑いのない事実である。
『小説 人間革命』第一巻 終戦前後
どうしてなんだろう?
何故こうなってしまうのか?
今、本当に必要なのは『省みる』ということではないでしょうか。
与えられる言葉ではなく、内省により、自分で考え自分の口から出てくる言葉こそ、必要だと思うのです。
観心本尊抄
観心の心如何、答えて曰く観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云うなり
信仰者でありながら宗教的思考を嫌う、即ち朝晩、日蓮と書かれた御本尊を拝しながら、日蓮仏法的思考を放棄する。
日蓮的実践とは真逆の立ち位置、権力の側に安住して、目に見える利益を追い、保身を優先する。
それこそが、実は我が内なる一凶ともなり、「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」(種種御振舞御書)の『現証』となって顕れるものではないでしょうか。
林 信男