座談会御書「祈祷抄」2021年(令和3年)6月度

御書

祈祷抄
御書全集1351㌻18行目~1352㌻1行目

〈本 文〉

大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず

〈通 解〉

大地をさして外れることがあっても大空をつないで結びつけられる者があっても潮の干満がなくなっても太陽が西から出るようなことがあっても法華経の行者の祈りが絶対叶わないことなどない

〈講 義〉

※自活サイトの運営スタッフより、「現状、本抄と最蓮房との間に、何らかの関連を示す史的根拠は無く、執筆系年も明確ではない。」との指摘がありましたので、一部修正し、再掲させて頂きます。
 
 本抄の書かれた当時の状況を少々述べさせて頂きます。
 前年の文永8年10月28日に佐渡に流罪となり、翌、文永9年1月16日には佐渡塚原で諸宗の僧等数百人と法論となります。今は塚原問答として語られえています。
 その時の模様が種種御振舞御書に描かれています。
 流罪の身の大聖人を阿弥陀仏の敵とする諸宗の僧等は、いろいろな理由を付け大聖人を亡き者にしようとします。
 「流罪から国に戻れた人もいないし最後まで生きていた人もいないから殺しても咎められることはないだろう」とか、「六郎左衛門尉に斬ってもらうように訴えてそれがだめなら自分たちで殺そう」とか意見していたようですが、六郎左衛門尉が「お上から殺してはならないとの沙汰が出ている」との理由から法論となったようです。
 この時結集した諸宗の僧は「佐渡の国のみならず越後・越中・出羽・奥州・信濃等の国国より集れる」とあります。
 この法論は「利剣をもてうりをきり大風の草をなびかすが如し」とあるように諸宗の僧等は仏法に暗く、自語相違、あるいは経文を忘れて論といい、釈を忘れて論という有様だったと記されています。

 冒頭、華厳宗・法相宗・三論宗・小乗の三宗・真言宗・天台宗の祈りは叶うかとの質問に、諸宗の祈りも一応祈りとはなるが、法華経の祈りは必ず叶うと示されています。
 その理由として法華経の会座で成仏の道を示された二乗、菩薩、凡夫、竜女、提婆達多がその大恩に報いるために、末法の法華経の行者を守護し、その祈りも叶うと示されています。また、諸仏・菩薩や二乗・人・天などの衆生にとって釈尊は、主・師・親の三徳を具えた方であり、その釈尊に法華経によって成仏を許され、法華経のためには身命を惜しまないと誓ったのであるから法華経の行者の祈りがかなわないわけがないことを示され、強盛な信心を勧められています。
 比叡山延暦寺は伝教大師が天台法華宗として開き、桓武天皇が平安京に遷都すると、叡山は都の東北(丑寅) の方角にあたったので、皇城の鬼門を守る鎮護国家の道場とされ、大乗戒壇を建立する勅許を得て比叡山が日本の仏教の中心となったと記されています。しかし、伝教大師の滅後、天台第三代慈覚が真言の邪義を持ち込んだため天台真言となり仏法の清流は濁流となってしまいました。
 比叡山の仏法が濁るとともに、帰依していた朝廷の福運もしだいに尽き、源平合戦の後に源頼朝により鎌倉幕府が聞かれて関東地方に武士政権が立てられ、更に承久の乱に敗れたことによって完全に幕府に実権が移行しました。
 承久の乱の際に、朝廷側が鎌倉幕府を調伏するため行った真言による十五壇の秘法が、かえって朝廷側を敗北させたとの経緯を明かされていますこのような天台・真言による祈りの現象を示され天台宗第三代慈覚を破折し、法華経による祈りが国の平和と成仏への道であると示されています。

 座談会御書の範囲では「法華経の行者の祈りは叶わないわけはない」「必ず叶う」と示されています。
そこで「法華経の行者」「祈り」という点を確認していきたいと思います。
 
 「法華経の行者」
 法華経のとは誰か。大聖人であり、末法の法華経である三大秘法の南無妙法蓮華経を信受し、実践修行する者です。
 具体的には、創価学会三代会長を広布の指導者とし大御本尊に祈るとき願いは必ず叶うということです。
 創価学会三代会長は大御本尊を根本に広宣流布してきました。しかし2015年に改訂された勤行要典の御観念文は、御本尊への報恩感謝の部分で「法華経の肝心・南無妙法蓮華経の御本尊」となっています。これ表記では人法一箇の大御本尊といえません。
 従来、創価学会は日寛上人の教学を用い南無妙法蓮華経を三大秘法(本門の本尊・本門の題目・本門の戒壇)と現し、本門の本尊を「法本尊」と「人本尊」に開き、南無妙法蓮華経即日蓮という人法一箇の根本の仏であるとしていました。しかし、2015年の御観念文では南無妙法蓮華経を「法本尊」としか解釈できません。人法一箇の大御本尊であるべきところを「南無妙法蓮華経の御本尊」では種脱相対どころか本迹一致です。日蓮宗と同じと言われてもしかたありません。
 人法一箇の大御本尊を根本にしていくことが法華経の行者ということです。

 「祈り」
 願いは叶うと仰せの一方、妙一女御返事(1262㌻)には「叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず」とあります。「叶う叶わないはあなたの信心ですよ、日蓮の責任ではありません」と。
 四条金吾殿御返事(1192㌻)では「いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたる・ほくちに・火をうちかくるが・ごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし」とも。
 ここでも祈りは「信力」によるとされているように、大御本尊に力はあるが、祈りを叶える鍵は自身の信心にあることです。まず願いを明確にし具体的に決めること。惰性に陥らないよう朝夕の勤行で自分と向き合い対話すること。などがあげらえれるでしょう。また、祈っても祈っても成就できない時もあるかもしれません。その時こそ勇気を奮い立たせ大御本尊にすべてを任せて祈りることが大事なのではないでしょうか。
 

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6月度座談会御書履歴

座談会御書 「辨殿尼御前御返事」2000年(平成12年)
座談会御書 「四条金吾殿御返事(法華経兵法事)」2001年(平成13年)
座談会御書 「四条金吾殿御返事(梵音声御書)」2002年(平成14年)
座談会御書 「法華初心成仏抄」2003年(平成15年)
座談会御書 「呵責謗法滅罪抄」2004年(平成16年)
座談会御書 「四条金吾殿御返事(法華経兵法事)」2005年(平成17年)
座談会御書 「富木尼御前御返事(弓箭御書)」2006年(平成18年)
座談会御書 「辨殿尼御前御書」2007年(平成19年)
座談会御書 「立正安国論」2008年(平成20年)
座談会御書 「四条金吾殿御返事(法華経兵法事)」2009年(平成21年)
座談会御書 「上野殿御返事(竜門御書)」2010年(平成22年)
座談会御書 「法華経題目抄」2011年(平成23年)
座談会御書 「祈祷抄」2012年(平成24年)
座談会御書 「四条金吾殿御返事(法華経兵法事)」2013年(平成25年)
座談会御書 「妙心尼御前御返事」2014年(平成26年)
座談会御書 「四条金吾殿御返事(不可惜所領事)」2015年(平成27年)
座談会御書 「祈祷抄」2016年(平成28年)
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座談会御書 「単衣抄」2018年(平成30年)
座談会御書 「呵責謗法滅罪抄」2019年(平成31年)
座談会御書 「曾谷殿御返事」2020年(令和02年)

6月の広布史

――初代会長牧口先生 誕生日――
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 第18巻 師子吼・師恩

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 第25巻

■池田大作全集
 牧口先生生誕記念協議会2005年6月6日

■広布と人生を語る
 初代会長牧口常三郎先生誕生日」記念勤行会1986年6月6日

――学生部結成記念日――
6月30日

■小説・人間革命
 第11巻 波瀾・夕張

■小説 新人間革命
 第28巻 広宣譜