私論「一念三千」

投稿者:鬼滅の言

地獄は赤鉄に依って住し、餓鬼は閻浮の下・五百由旬に住し、畜生は水陸空に住し、修羅は海の畔・海の底に住し、人は大地に依って住し、天は宮殿に依って住し、二乗は方便土に依って住し、菩薩は実報土に依って住し、仏は寂光土に住したもうなり云云、並びに世間とは即ち是れ差別の義なり

三重秘伝抄

一念三千は十界互具よりことはじまれり

開目抄上 御書p.189

 一念三千の法門について自動車を例に考えてみます。

【十界】
自動車でいうと10車種・10台の車があるということになります。
地獄の車~仏の車(10車種・10台)
車はそれぞれのショールームに展示されています。
例えば地獄の車は赤鉄に・・・声聞・縁覚の車は方便土に、菩薩の車は実報土に、仏の車は寂光土に展示されています。

【十界互具】
 車は展示されているだけでは意味がありません。
 車は動くものであり、動く可能性があるということです。この捉え方が十界互具の思想であると思います。

【十如是】
 車は動くものであり、動く可能性があるとするならば、動くための仕組み・構造・メカニズムが必要です。その仕組み・構造・メカニズムに当たるのが十如是であると思います。

【三世間】
世間とは差別の義であり、差がある。違いがあるということです。
車の場合①デザインや排気量の違い②用途の違い③走る道の違いなどが考えられます。

爾前経では車は止まっています。法華経に至って初めてメカニズムが明かされ、車は動き始めます。

一念三千の法門を自動車を例に説明できるかも知れないと思い考えてみました。