佐渡期の外部批判(8)・私論

投稿者:鬼滅の言

日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべし

佐渡御書 御書p.961

問うて云く如説修行の行者は現世安穏なるべし何が故ぞ三類の強敵盛んならんや

如説修行抄 御書p.501

此経難持の事、抑弁阿闍梨が申し候は貴辺のかたらせ給ふ様に持つらん者は現世安穏・後生善処と承つて・すでに去年より今日まで・かたの如く信心をいたし申し候処にさにては無くして大難雨の如く来り候と云云

四条金吾殿御返事(此経難持書) 御書p.1,136

さて皆帰りしかば去年の十一月より勘えたる開目抄と申す文二巻造りたり、頸切るるならば日蓮が不思議とどめんと思いて勘えたり、此の文の心は日蓮によりて日本国の有無はあるべし、譬へば宅に柱なければ・たもたず人に魂なければ死人なり、日蓮は日本の人の魂なり平左衛門既に日本の柱をたをしぬ、只今世乱れてそれともなく・ゆめの如くに妄語出来して此の御一門どしうちして後には他国よりせめらるべし、例せば立正安国論に委しきが如し、かやうに書き付けて中務三郎左衛門尉が使にとらせぬ、つきたる弟子等もあらぎかなと思へども力及ばざりげにてある程に

種種御振舞御書 御書p.919

「佐渡期の外部批判」に続き、今回は内部批判を考えてみます。

①佐渡御書では、弟子たちが日蓮大聖人に対し「折伏が強すぎる」との批判が記されています。そして弟子たちは「柔らかに法華経を弘めたい」と大聖人に進言しているのです。

②法華経の修行は現世安穏になるためである。それなのに何故、三類の強敵、つまり難ばかりが競い起こるのか、おかしいではないか?

如説修行抄は問いの形をとっていますが、これも弟子からの批判であると思います。

③「此経難持書」は佐渡期の御書ではありませんが、大聖人が身延入山後、四条金吾は主君を折伏します。そのことにより四条金吾は主君や同僚から迫害をうけます。

「現世安穏になるための信仰であると聞いて取り組んできましたが、大難が雨のごとく競い起こってきます」との疑問を弁阿闍梨日昭に話したのです。その報告をうけて表されたのが「此経難持書」です。

四条金吾の場合は批判ではありませんが、何故、現世安穏ではなく難が競い起こるのか?との疑問をいだいたようです。

④種種御振舞御書も佐渡期の御書ではありませんが、開目抄執筆の様子が記されています。

開目抄の内容に対し弟子たちは、それは強すぎる主張ではないかとの批判をしています。

「つきたる弟子」とありますので、大聖人とお供した弟子であっても開目抄への批判があったようです。大聖人を御本仏として見ることがいかに難しいかがうかがえるのではなでしょうか?

批判に対する大聖人の答え、及び現代語訳は省略させていただきます。

次回は佐渡期、大聖人ご自身がどのような問題に直面されていたのかを考えてみます。