娘の信仰体験 /西日本在住 青年部員

【娘の信仰体験】
先日、家族で公園に遊びに行った日の夜。
小学生の娘が妻に、
「ねーねー、私の帽子知らない?どこにもないんだけど。」
妻は、
「知らないよ?ちゃんと探したの?」
とのやりとり。娘のお気に入りの帽子が見あたらない様子。

何気なしに二人の会話を聞いていた私はふと思いだしました。

娘が公園の鉄棒で逆上がりの練習をしていたとき、体を回転させる際の勢いで帽子が脱げてしまうため、私が、
「(鉄棒の横にある)植木の上にでも置いておきなさい。」
と言ったことを。

しかし、言った記憶はあるものの、実際にそこに帽子を置いたかどうかはわからず、娘自身の記憶も曖昧な感じ。

ションボリしている娘に妻からは
「大切な物なら気にかけて忘れないようにしなきゃダメじゃない!」
とトドメの一言。

可哀想になった私は、帽子紛失に対する責任の一旦も感じていたため、夜の公園に探しに行く事にしました。

暗闇を携帯のライトで照らしながら、真っ先に鉄棒横の植え込みを探しました。しかし、帽子はどこにも見当たりません。
その後も遊具やベンチ、公園内の思い当たるエリアを探しましたが、結局帽子は見つかりませんでした。

「誰かが持ってっちゃったのかなぁ…」
帰宅した私の報告を聞いた娘は今にも泣き出しそうな感じ。

「明日の昼間にもう一度探しにいこう。」
となだめながら、落ち込む娘を寝にいかせました。

翌朝、私が朝の勤行をしていると、玄関のチャイムが鳴りました。

しばらくすると、何やらキャーキャーと騒がしい声が聞こえてきました。

勤行を終えリビングにいくと、娘が私の顔を見るなり、
「帽子戻ってきた!Aちゃんが持ってきてくれた!」
と、大喜びしています。

Aちゃんは、娘と仲良しの近所に住む女の子。

私は、よかったよかったと一安心しながら、
「ところで、なんでAちゃんが帽子を持ってたの?」
と聞くと、娘は興奮気味にそのいきさつを教えてくれました。

私たちが帰ったあと、Aちゃんもたまたまその公園に遊びにきていたようです。鉄棒で遊んでいると、植え込みの間に帽子が落ちているのを偶然目にし、拾い上げました。
誰のだろうと思い、名前が書いていないか探していると、帽子についている缶バッジに目が止まりました。
なんと、その缶バッジは、以前娘がAちゃんの家で遊んだ際に一緒に作った、二人のオリジナルの缶バッジだったのです。
Aちゃんはそのバッジをみて、すぐに娘の帽子だと気づき、忘れ物と思い持って帰ってくれたそうです。

「へぇ〜、すごい偶然だね〜。」
と話を聞いていると、娘が自慢げに、
「昨日寝る前にお布団の中で、帽子が見つかるようにってお題目あげたんだ〜。」
と言いました。
その言葉に私と妻がびっくり!

面倒臭がりの性分で、普段は誘ってもなかなか一緒に勤行しない娘ですが、昨夜はお気に入りの帽子がみつかるようにと一生懸命祈っていたようです。

話を聞いて嬉しくなった私は、
「御本尊様に祈りが通じたんだね!よかったね!すごいね!」
と言うと、娘は
「ほんとだね〜!私もびっくりした。御本尊様ってすごいね〜!願いは叶うんだね!」
と、明るい顔顔で言いました。

日常の些細な出来事ですが、娘にとっては御本尊様への祈りが叶ったという、大きな体験となり、娘なりに信心の確信を深めることができました。
今では、
「キライな算数ができるようになりたい!」
と、新たな祈りを開始し、勉強と勤行に挑戦しています。

私自身も、娘の純粋な心に触れ、あらためて御本尊への確信を深めることができました。

私は、数年前に理不尽な理由で役職解任、活動停止処分を受け、自活信仰をしています。
子供たちも未来部の会合などに参加はできなくなってしまいましたが、これからは、家庭以外でも、地域の自活メンバーと共に未来部座談会などを通して、子供たちの信心の育成にも挑戦していきます。