『創価学会教学要綱』における「一大秘法」の解釈について

投稿者:アイマァ
・結論
「一大秘法」は本門の本尊たる三大秘法総在の人法一箇の御本尊のことであり、日蓮大聖
人が久遠元初で覚知され所持されている南無妙法蓮華経という名の大聖人の御生命そのも
ののことである。
「一大秘法」が何故「本尊」のことで、「法」のみとすることが誤りなのか、以下数ある
有名な諸御書を用いて論証してみたい。
先ず、創価学会教学要綱(以下、要綱)P193 後注(148)に「御書に『一大秘法』を教示され
ているのは『曽谷入道殿許御書』のみであるが、そこでは『妙法蓮華経の五字』を一大秘
法としている」とあり、また、いわゆる男子部教学室の「論考」では、「『曽谷入道殿許御
書』では一大秘法は『南無妙法蓮華経』であることが明確に示されている」と断言してい
るが、果たして同御書内の「妙法蓮華経の五字」をもって、「題目」のみのことと解釈し、
「明確に」と断定してしまって良いのだろうか。
曽谷入道殿許御書のみの読解だけで判断すること自体が軽いと言わざるを得ず、信仰の根
幹をなす定義をする上において浅薄と断ずる。
秘法という言葉は他にも「一大事の秘法」や「第三の秘法」といった類似語、あるいは類
義語ともいえる言葉がある。これらへの真摯なアプローチ、検証もなく、当該御書だけで
よく判断を下したなと、大聖人に対する畏敬の念や御本仏への信仰心の軽薄さを感じずに
はいられない。そもそも要綱発刊前までの創価学会は「一大秘法」については「本門の本
尊」(2000年11月発行の「仏教哲学大辞典、第三版」P78)と定義していたはずである。
そもそもとして、創価学会永遠の師匠・戸田先生のご指導を紹介したい。
「南無妙法蓮華経とは一大秘法で、これを開いては三大秘法となる。三大秘法合してまた
一大秘法となる。一大秘法とは、本門の本尊であり、この本門の本尊をひらけば、本門の
本尊、本門の題目、本門の戒壇となる。また、この本門の本尊、本門の題目、本門の戒壇
を合すれば、一大秘法たる本門の本尊となる」(戸田城聖全集第3巻、佐渡御書講義、
P255)
また、その論拠でもあり、補完する資料として上記の仏教哲学大辞典から以下、引用す
る。
「【一大秘法】唯一無二の秘密の法体の義で、三大秘法の根本であり、随一である本門の
本尊のこと。 (略)この本門の本尊を受持することが唯一の戒であるが故に、本門の本尊所
住の処を名づけて本門の戒壇といい、本門の本尊を信じて自行化他にわたって妙法を唱え
ることを本門の題目とする。このように戒壇も題目も本門の本尊から開かれ、三大秘法は
本門の本尊に納まるのである。故に本門の本尊を一大秘法という」
大前提、既に答えはここある。ここまでハッキリしていたものを何の根拠も説明もなく、
気づかれないようにコッソリと変えたのである。到底、納得できるものではない。
その上で以下、論じる。
曽谷入道殿許御書本文の該当箇所は「大般涅槃経に云わく『末法に入って不孝・謗法の
者、大地微塵のごとし』〈取意〉。法滅尽経に『法滅尽の時は、狗犬の僧尼、恒河沙のごと
し』等云々〈取意〉。今、親(まのあた)りこの国を見聞するに、人ごとにこの二つの悪有
り。これらの大悪の輩は、いかなる秘術をもってこれを扶救せん。
大覚世尊、仏眼をもって末法を鑑知し、この逆・謗の二罪を対治せしめんがために、一大
秘法を留め置きたもう。いわゆる、法華経本門久成の釈尊、宝浄世界の多宝仏、高さ五百
由旬・広さ二百五十由旬の大宝塔の中において二仏座を並べしこと、あたかも日月のごと
く、十方分身の諸仏は、高さ五百由旬の宝樹の下に五由旬の師子の座を並べ敷き、衆星の
ごとく四百万億那由他の大地に列坐したもう。三仏の二会に充満したもうの儀式は、華厳
寂場の華蔵世界にも勝れ、真言両界の千二百余尊にも超えたり」(新版御書P1397)であ
る。
この御文について須田 晴夫氏は「男子部教学室『論考』への応答」の中で、『この文は極
めて含みのある構文であり、そこから直ちに『一大秘法は『南無妙法蓮華経』であること
が明確に示されている』と主張するのは強引過ぎて無理である。むしろ『一大秘法を留め
置きたもう』の直後に示されるのは、釈迦・多宝の二仏が並座し、十方分身の諸仏が充満
している虚空会の『儀式』であり、曼荼羅本尊が虚空会の儀式を用いて図顕されたことを
考えれば、同抄の一大秘法の言葉は曼荼羅本尊を示唆していると解するのが自然であろ
う」と論述されているが、全くもって同意せざるを得ない。
私は、この「一大秘法」に続く、「留め置きたもう」のフレーズがキーワードと思ってい
る。
以下、私が知る限りの御書で、これ、もしくは同義と思われる箇所及び、それが何に対し
て用いられているフレーズであるかの検証を試みたいと思う。
① 観心本尊抄(新版御書P122)文永10年4月25日
「是好良薬今留在此」是の好き良薬を今留めて此に在(お)く。いわゆる寿量品の長行の中
に出てくる文であるが、P141の13行目に「地涌千界は、末法の始めに必ず出現すべし。
今の『使いを遣わして還って告ぐ』は地涌なり。『この好き良薬』とは寿量品の肝要たる
名・体・宗・用・教の南無妙法蓮華経これなり。この良薬をば仏なお迹化に授与したまわ
ず。いかにいわんや他方をや」と。
また、その後のP142に「本法所持の人にあらざれば、末法の弘法に足らざる者か」と
も。特にこの「所持」の二字は極めて重要であると思う。
前後してしまうが、その前のP134の最後には有名な「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華
経の五字に具足す、我らこの五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与えたも
う」とあり、P136の7行目で「この本門の肝心・南無妙法蓮華経の五字においては~、
その本尊の為体は」と続き、少なくとも観心本尊抄における妙法蓮華経の五字とは本尊の
ことを説かれていると拝せる(故に要綱発刊以前までの教学では観心本尊抄のことを「法本
尊開顕の書」と尊称していたのである)
更には「その本尊」のことをもって、「(いまだ)寿量の仏(有ましまさず)」と呼称してい
るのである。「この仏像」も同義語である。
そしてP140の7行目には「地涌千界の大菩薩を召して、寿量品の肝心たる妙法蓮華経の
五字をもって閻浮の衆生に授与せしめたもうなり」とある。
更にP143の4行目には「妙法蓮華経の五字をもって上行・安立行・浄行・無辺行等の四
大菩薩に授与したもうなり」とも。
次にP144の9行目にはまた「今留めてここに在(お)く」が出てきて、「『今留めてここに
在く』とは、『この好き色・香ある薬において、しかも美(うま)からずと謂(おも)う』の者
を指すなり」続けて「事行の南無妙法蓮華経の五字ならびに本門の本尊」と。この「並び
に」の意義はとても深いと思われる。
日寛上人は観心本尊抄文段で「文底下種の妙法を『事行の南無妙法蓮華経』といい、文底
下種の本尊を『本門の本尊』と名づくることを」(日寛上人文段集P544)と仰っている。
文底下種の妙法と本尊とは一体のものと解せるだろうか。
ここまで確認しただけでも、末法の迷える凡夫である衆生が受持すべきものとは、本門の
本尊たる南無妙法蓮華経の五字。つまりは、文底の釈尊=外用の辺としては上行菩薩の再
誕、内証深秘の辺としては久遠元初自受用報身如来の再誕である御本仏・日蓮大聖人が所
持していた本法は人法一箇の「南無妙法蓮華経」であり、かつ、「御本尊」の意義も同時に
含まれると解され、「御本尊」を削除する必要があるか?と考えると、その必要はないどこ
ろか削除してはならないと言わざるを得ないと思われるが、更に深掘りしていきたい。
これについては「法華経の智慧第5巻・如来神力品② 上行菩薩への結要付属」の章の熟
読を強くお勧めしたい。
要約すると、「地涌の菩薩は、釈尊が『久遠以来、教化してきた』弟子となっている。この
『弟子』に『師匠』が、法華経の末法広宣流布を託すという儀式をとっている。問題はこ
こ。この文上にとらわれると、日蓮大聖人が『上行菩薩の再誕』として、釈尊の『法華経
二十八品』を弘めた という解釈に陥ってしまう。
ほとんどの解釈が、そう。しかし大聖人はこう仰せだ。『此の妙法蓮華経は釈尊の妙法には
非ざるなり既に此の品の時上行菩薩に付属し給う故なり』(御義口伝・旧版P770、新版
1072)
『“釈尊の妙法”を弘めるのではない』と明確に言われている。
上行菩薩は『菩薩仏』
ではなぜ、上行は菩薩として現れているのか。上行菩薩は“釈尊の説法を助ける”ために弟
子の立場を、とっているということ。しかし、上行菩薩がどこまでも『九界』の立場で出
現したことには、さらに重大な意義がある。上行菩薩の出現によって、『因行(九界)』に
『果徳(仏界)』を含むことになってしまった。これがなぜ大切なのか。
文上の久遠実成の釈尊といっても、修行して成仏したから『法』はあったが『仏』がいな
かった時代があった。これでは『無始無終の宇宙と一体の仏』はいないことになる。それ
を説くためには『仏因(因行)』に『仏果(果徳)』を認めなくてはならない。それが『因位
の仏』である上行菩薩のことである。
上行菩薩とは『菩薩仏』であり、『因果俱時の仏』で、上行菩薩が出現しなかったなら
ば、無始無終の本仏は示せない。そしてこの本仏こそが『久遠元初の自受用報身如来』で
あり『南無妙法蓮華経如来』のことです。『無作三身如来』と言っても同じ。
無作三身如来であるから三十二相八十種好を具足していない。凡夫のままということ。本
有常住であり『もとの儘』。これを『久遠』という。『久遠』とは『南無妙法蓮華経』のこ
とであり、御本尊のこと。だから、御本尊を拝する、その瞬間瞬間を『久遠元初』とい
う。
法華経では、『久遠実成の釈尊』から『上行菩薩』へと結要付属されるが、その渡された
法とは『法華経二十八品』ではなく、文底の『南無妙法蓮華経』ということになる。
だが、『渡された』というところが、誤解を招きやすい。上行菩薩は本来、もともと、南
無妙法蓮華経の当体。久遠以来、名字即の凡夫のまま日蓮大聖人が南無妙法蓮華経の本法
を所持しておられる。
(法華経という)経文は、大聖人が事実として妙法を広宣流布するための『予証(あらかじめ
出す証拠)』であり、『文証』である。
仏とは現実には『菩薩』の姿以外にない。『菩薩仏』以外の仏はいないのである。『因行の
なかに果徳がある』すなわち『因果俱時』が、宇宙の根本仏の成仏の姿。本仏の成仏が
『因果俱時』であるゆえに、それ以外の成仏はありえない。
では、何のために三十二相の『完全なる仏』が説かれたのか。それは、ユートピアが人間
を『前進させるため』にあったように、人間を修行させるため。『向上』させるために説
いた。もちろん、実在しないといっても、それは凡夫が目の当たりに拝することはできな
いという意味。
『無作の三身』だけが『実仏』である。色相荘厳の仏とは『夢の中』の権(かり)の仏果で
ある。実在しない。ありのままの凡夫が瞬間瞬間、久遠元初の生命を身にわき立たせてい
くのが、唯一、実在の『仏』なのである。『人間』以外に『仏』はない。『人間以上』の
『仏』はにせものなのである。
『日蓮と同意ならば』と大聖人が仰せのように、広宣流布を目指して進むわが同志こそ、
現代における『仏』である。それ以外に『仏』はない。ゆえに学会員を己のために利用す
る仏罰は限りなく大きい」と。
観心本尊抄に戻る。その後大聖人は、こう表現される。「地涌の菩薩始めて世に出現し、
ただ妙法蓮華経の五字のみをもって幼稚に服せしむ」と。
御義口伝(旧版P756、新版1053)には「『服』とは、唱え奉ることなり」とある。これは
「是好良薬」を服することであるから、いわゆる薬を飲むという意味になるであろう。つ
まりは御本尊の受持と唱題とが、是好良薬を与えられ、服することになると解せる。
そしてP146にて「一閻浮提第一の本尊この国に立つべし。月支・震旦にいまだこの本尊
有(ましま)さず」と、未曾有の本尊の建立を高らかに宣言される。(ここでの「この本尊」
を前段での「寿量の仏」「此の仏像」の表現と被らせ、同義と取れるようにされている大
聖人の文法力というか構成力に脱帽かつ、ただただ畏敬の念しか起きない)
この「建立」の二字も重要であると思う。
極めつけに総結にて、こう表現して締めくくられる。
最も有名な「一念三千を識らざる者には、仏、大慈悲を起こし、五字の内にこの珠を裏(つ
つ)み、末代幼稚の頸(くび)に懸けさしめたもう」と。
前段では「幼稚に服せしむ」だったのが、この最後の表現では「幼稚の頸に懸けさしめた
もう」に変えておられることが実に味わい深く、どこまでも民衆を救う慈悲に溢れていら
っしゃる表現と感じずにはいられない。
つまり、是好良薬は服すもの・飲むものだが、この大聖人御図顕の御本尊は日女御前御返
事P2088における、「胸中の肉団におわしますなり」の状態に凡夫がわかるように頸に懸
けることで、まさに授与する、与えるという表現にされていることに改めて感動せざるを
得ないのである。御本尊の御図顕以前までは唱えるべき対象が明確ではなかったのが、い
よいよその拝むべき対象を建立される大宣言が観心本尊抄であったと拝する。
② 日女御前御返事(新版御書P2086)建治3年8月23日
この御書にはキーワードである「留め置きたもう」に類する表現は出てこないが、引用す
るわけは「御本尊」について肝要たる御書だからである。
それは御本尊が人法一箇の当体である文証として「伝教大師云わく『一念三千即自受用
身。自受用身とは、尊形を出でたる仏なり』文、この故に未曾有の大曼荼羅とは名付け奉
るなり。仏の滅後・二千二百二十余年には、この御本尊いまだ出現し給わずということな
り」と。
この中の「一念三千即自受用身。自受用身とは、尊形を出でたる仏なり」とあるが、出尊
形の仏とは、色相荘厳の仏ではなく、無作三身如来のこと(御義口伝P1058には、より詳
細に「伝教云わく『一念三千即自受用身。自受用身とは尊形を出でたる仏なり』。『尊形を
出でたる仏』とは、無作の三身ということなり云々」とある)であるから、これは後で詳述
するが、大聖人を指しているのは明白である。
そして、「この御本尊全く余所に求むることなかれ。ただ我ら衆生の法華経を持って南無妙
法蓮華経と唱うる胸中の肉団におわしますなり。これを九識心王真如の都とは申すなり。
十界具足とは、十界一界もかけず一界にあるなり」「無二に信ずる故によって・此の御本尊
の宝塔の中へ入るべきなり」と。
③ 南条殿御返事(法妙人貴の事・新版御書P1923)弘安4年9月11日
上記、②日女御前御返事にストレートにリンクする南条殿御返事に「教主釈尊の一大事の
秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり。されば、日蓮が胸の
間は諸仏入定の処なり。舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし。
かかる不思議なる法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき。『法妙なる
が故に人貴し。人貴きが故に所尊し』と申すはこれなり」と。
有り難いことに、日女御前御返事でのご教示を見事に理解させて頂ける御書と思われる。
これを拝読し、御本尊が人法一箇・人法体一ではないと読めるのだとしたら是非教えて頂
きたいものである。
ちなみに、この御書では「一大事の秘法」と、「事の」が加えられている。この語も冒頭
引用した仏教哲学大辞典によると「【一大事の秘法】三大秘法のこと。一大事とは一大事
因縁の略で、諸仏出世の重大事の正体としての秘密秘要の大法をさす。日蓮大聖人のお立
場では三大秘法をさしている。(略)大石寺第二十六世日寛は文底秘沈抄で一大事を三大秘
法に立て分け、一を本門の本尊、大を本門の戒壇、事を本門の題目であると釈している」
(同辞典P77)
更にはこの名文たる内容には、三大秘法が表されていると拝せる。
大聖人の胸中の魂魄たる御生命そのものが南無妙法蓮華経の御本尊(本門の本尊)であり、
大聖人の胸中が諸仏入定の処すなわち大聖人の住処こそ本門の戒壇であり、大聖人が唱え
る題目が本門の題目ではないだろうか。この後にも具体的に取り上げるが、三大秘法抄に
は「所化以て同体なり」とあるから、大聖人の弟子達も同様、同体だと仰って下さってい
るのである。
これらが大聖人滅後の一切衆生のために残された御本尊に全ておさまっているからこそ、
三大秘法総在の人法一箇の御本尊が根本になるのではないか。
また、この引用箇所の範囲は、三大秘法抄のご教示を補完する内容にもなっていると思わ
れる。
「霊鷲山にして相伝し・日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり」この御文も極めて重要で
あると思う。
④ 富木入道殿御返事(願望仏国の事・新版御書P1282)文永8年11月23日
「一大事の秘法」という語の初出であり、先ほどの③南条殿御返事と合わせて二つしか出
てこない御書の内の一つである。
「天台・伝教はほぼ釈し給えども、これを弘め残せる一大事の秘法を、この国に初めてこ
れを弘む。日蓮あにその人にあらずや」とあるが、一大事の秘法、つまり三大秘法は日蓮
大聖人が弘めるべきものであり、天台・伝教が弘め残したものであると宣言なされてい
る。
「留め置く」ものと「残す」もの。同意であり、同義と思われる。
⑤ 四十九院申状(新版御書P877)弘安元年3月
上記④同様「残す」が出てくる御書のため紹介する。
P879 に曰く「大覚世尊、霊山・虚空の二処三会、二門八年の間、三重の秘法を説き窮(き
わ)むといえども、仏の滅後二千二百二十余年の間、月氏の迦葉・阿難・竜樹・天親等の大
論師、漢土の天台・妙楽、日本の伝教大師等、内にはこれを知るといえども、外にこれを
伝えず。第三の秘法、今に残すところなり」とあり、ここでは「三重の秘法」と「第三の
秘法」という二語が出てくる。
「三重の秘法」とは、いわゆる三重秘伝のことで、五重の相対のうちの権実・本迹・種脱
の相対の三つの教判であり、常忍抄(新版御書P1334弘安元年10月1日)に「法華経と
爾前と引き向かえて勝劣・浅深を判ずるに、当分跨節(かせつ)のことに三様有り。日蓮が
法門は第三の法門なり」(同P1336)とある通り、権実相対を「第一」、本迹相対を「第二」
として、大聖人の法門は言わずと知れた「第三」、つまりは「文底下種の仏法」である。
その「文底下種」の正体は「事の一念三千たる南無妙法蓮華経」なのであるから、この
「第三の秘法」とは「一大秘法」並びに「三大秘法」と同意及び同義語と拝せると思われ
る。
そして、やはりその「秘法」は末法に「残された」ものである。
⑥ 四条金吾殿御返事(煩悩即菩提の事・新版御書P1520)文永9年5月2日
上記、常忍抄に出てきた「第三の法門」について説かれているため合わせて紹介したい。
「今、日蓮が弘通する法門は、せば(狭)きようなれどもはなは(甚)だふか(深)し。その故
は、彼の天台・伝教等の弘むるところの法よりは一重立ち入りたる故なり。本門寿量品の
三大事とはこれなり。南無妙法蓮華経の七字ばかりを修行すれば、せば(狭)きがごとし。
されども、三世の諸仏の師範、十方薩埵の導師、一切衆生皆成仏道の指南にてましますな
れば、ふか(深)きなり」とある通り、本迹相対から一重立ち入った「文底下種の仏法」で
あり、この後の御文が最も重要になる「本門寿量品の三大事」と、後に詳述する三大秘法
抄に出てくる表現で「三大秘法」を示されておられるのである。
その「三大秘法」である「事の一念三千たる南無妙法蓮華経」は、「三世の諸仏の師範、
十方薩埵の導師、一切衆生皆成仏道の指南にてまします」と、「師範、導師、指南にてま
します」とある通り「人格」を有した表現をなされ、つまりは「仏」と同義かつ、「法」
であり「人」なのである。
⑦ 報恩抄(新版御書P212)建治2年7月21日
改めてキーワードである「留め置きたもう」に戻りたい。
報恩抄はとても長い御書であるが、P260まで飛ぶ。有名な、三大秘法を明かされる御文
として「末法のために仏留め置き給う」のところである。
この留め置かれたものの説明として、「問うて云わく、天台・伝教の弘通し給わざる正法あ
りや。答えて云わく、有り。求めて云わく、何物ぞや。答えて云わく、三あり。末法のた
めに仏留め置き給う。迦葉・阿難等、馬鳴・竜樹等、天台・伝教等の弘通せさせ給わざる
正法なり。求めて云わく、その形貌いかん。答えて云わく、一には日本乃至一閻浮提一同
に、本門の教主釈尊を本尊とすべし。いわゆる宝塔の内の釈迦・多宝、外(ほか)の諸仏な
らびに上行等の四菩薩、脇士となるべし。二には、本門の戒壇。三には、日本乃至漢土・
月氏・一閻浮提に、人ごとに有智・無智をきらわず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と
唱うべし」と。
少なくともここで言われている、末法のために留め置かれたものとは三大秘法のことであ
るとわかる。
ここで注目したいのが、始めの問いは「正法ありや。答えて云わく、有り」と、「法」を聞
いたかと思えば、更なる問いかけで「求めて云わく、何物ぞや」と、今度は「何物」にな
っている。そして始まった説明では、過去の人師・論師が弘通しなかった「正法なり」
と、また「法」のことかと思いきや「求めて云わく、その形貌いかん」と、今度は、姿か
たちはどうなっているのか?と聞いているのである。ちょっと面白いやり取りに見えてし
まうのは私だけだろうか。
しかし、こんな感想はやはりとんでもなく失礼この上なく、何故にこのような表現を用い
ながら大聖人は慎重に言葉を選び、示されようとされたのか考えなければならないと思
う。
ここが極めて重要であると思われるが、それは、「三あり」と示された後に続く先ずはじ
めの一つ目である「本門の本尊」を説かれる、「日本乃至一閻浮提一同に、本門の教主釈
尊を本尊とすべし。いわゆる宝塔の内の釈迦・多宝、外(ほか)の諸仏ならびに上行等の四
菩薩、脇士となるべし」の御文である。
今までの学会教学を学んで来た方であれば間違いなくご存知であるはずだが、この「本門
の教主釈尊」とは有名な百六箇抄(旧版P863、新版P2210)にある「自受用身は本、上行日
蓮は迹なり。我が内証の寿量品とは、脱益寿量の文底の本因妙のことなり。その教主は某
(それがし)なり」や、この後に詳述する三大秘法抄に有名な「此土有縁深厚、本有無作の
三身の教主釈尊」と同じ「教主」その人のことである。
大聖人は、この報恩抄では、「人本尊」を前面に説かれた。が、実際にはこのタイミング
で御本尊を授与されたであろう浄顕房は、それでも解せなかったのか、約2年後の本尊問
答抄(新版P302)にて冒頭、「問うて云わく、末代悪世の凡夫は何物をもって本尊と定むべ
きや」とまた御本尊について質問し、それに対して大聖人は、「答えて云わく、法華経の題
目をもって本尊とすべし」と答えられている。つまり今度は「法本尊」の側面からお説き
になられたのである。
そしてP314には「御本尊は、世尊説きお(置)かせ給いて後、二千二百三十余が間、一閻
浮提の内にいまだひろめたる人候わず」と、また「留め置きたもう」に類する「説きおか
せ給いて」という表現をなされている。大聖人御図顕の御本尊は仏が説き、留め置かれた
ものと拝するほかないと思われる。
余談ではあるが、やはり当時の僧(学者)でも、大聖人の文底下種の仏法を直ちに理解する
ことは極めて難しかったことと思われる。浄顕房の理解が追いつかなかったのも無理もな
かったであろう、などと言うと上から目線のような表現になってしまうが、現在の我々は
本当に有難いことに、三代会長の指導のお陰で大聖人が成された人類史上初の「宗教革
命」である「凡夫即極」「諸法実相」「人間(一切衆生の)生命こそが最高に尊貴」という無
上の大思想を俯瞰して学び、捉えることが(辛うじて)できることに、まさに師恩を感じず
にはいられないのである。
その意味においても、この二つの重書が顕され、大聖人滅後の我々が迷わないで済むこと
になったとも思うと、浄顕房という兄弟子たる大先輩に対する報恩感謝も祈らずにはいら
れない。
⑧ 法華行者逢難事(新版御書P1301)文永11年1月14日 与門下一同
引き続き「留め置きたもう」を追ってみたい。
三大秘法が初めて表明された御書はこの「法華行者逢難事」であり、この追申に「竜樹・
天親は共に千部の論師なり。ただし、権大乗を申(の)べて、法華経をば心に存して口には
吐きたまわず〈これに口伝有り〉。天台・伝教はこれを宣べて、本門の本尊と四菩薩、戒
壇、南無妙法蓮華経の五字、これを残したもう。詮ずるところ、一には、仏、授与したま
わざるが故に、二には、時と機といまだ熟せざるが故なり。今、既に時来れり。四菩薩出
現したまわんか。日蓮、このことまずこれを知りぬ」とあり、ここでは「留め置きたも
う」に類する言葉としては、また「残したもう」とある。
「残す」という言葉も、やはり「もの」に対して使われるのではないかと思われる。
ポイントはもう一つあり、後に三大秘法についての諸御書を紹介していくが、この三大秘
法初出の「法華行者逢難事」にのみ、「本門の本尊と四菩薩と」と、四菩薩とのフレーズ
が付け加えられているのである。これはどういうことであろう。
この御書は前年の4月に観心本尊抄が顕され、翌5月に顕仏未来記が顕されているが、そ
こで示された、いわゆる「三国四師」として「三人に日蓮を入れ四人と為して法華経の行
者末法に有るか」と、御自身のことを末法の法華経の行者であると再度ご宣言なされてい
る。
「富木殿御返事(諸天加護なき所以の事P1292)文永9年4月10日」においては、「法門
のこと、先度、四条三郎左衛門尉殿に書持せしむ。その書、能く能く御覧あるべし。ほぼ
経文を勘え見るに、日蓮、法華経の行者たること疑いなきか」と、同年2月に顕された開
目抄で大宣言なされた、大聖人御自身こそが「法華経の行者」との大確信をもって、末法
の法華経の行者こそが、本地は久遠元初の自受用報身如来の再誕だが、外用は上行菩薩の
再誕を意味し、四菩薩をはじめとした地涌千界の菩薩達(である「法華行者逢難事」の対告
衆達並びに滅後の私たち学会員も)が本法である南無妙法蓮華経を所持している久遠の凡夫
本仏であることを、なんとかして示したい思いが込められていると拝せまいか。
これは、総じては大聖人の弟子達一同も凡夫本仏たる資格があるが、別しては大聖人が根
源の師(観心本尊抄で言うところの「本師」)であることを「本門の本尊」と「四菩薩」を
並べたことで、暗に示されたと拝することはできまいか。(更に言えば、そのことによって
まさに「人法一箇」をも同時に示されようとした意図も感じることができると思われる)
というのも、この御書の末文は「一切の諸人、これを見聞し、志有らん人々は互いにこれ
を語れ」と結ばれる。観心本尊抄の送状とは、その意図するところと具体的なご指示と
が、全くの真逆である。まだ御本尊を、その目で直に見たこともない人が大半であったろ
うと思われるからであろうか。
また、本抄の最も強く重い御文は私見、「たとい身命に及ぶとも退転することなかれ」で
あると思われることも敢えて触れておく。
⑨ 法華取要抄(新版御書P148)文永11年5月24日 与富木常忍
法華取要抄は比較的短い御書であるが、前述の「法華行者逢難事」に続き、実質的に三大
秘法について初めて詳述されている重書である。
佐渡配流を赦免後、身延入山の直後に顕された意義は深い。つまりは身業読誦の完了を経
て、御本仏としての御内証を明らかにされる時に入られたタイミングである。
この中ではP154に「寿量品に云わく『この好き良薬を、今留めてここに在く』」が出てく
る。
では、ここでは何をもって留め置かれたものとしたか。続くP156にて「問うて云わく、
如来の滅後二千余年、竜樹・天親・天台・伝教の残したまえる秘法は何物ぞや」との問い
に「答えて云わく、本門の本尊と戒壇と題目の五字となり」と三大秘法を明かされる。
注目すべきは、ここでも問いかけている秘法に対して使われた言葉は「何物ぞや」であ
る。
そして曾谷入道殿許御書でも同様のことを述べられている「日蓮は広・略を捨てて肝要を
好む。いわゆる、上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり。」の文に続いて「仏既に宝塔に
入って二仏を並べ、分身来集し、地涌を召し出し、肝要を取って末代に当てて五字を授与
せんこと」とあり、この文などはまさに観心本尊抄での表現を端的に表されていると思わ
れる。
ここで「本門の本尊と戒壇と題目の五字となり」と三大秘法を明かされたわけだが、上記
挙げた御文だと「戒壇」については説明がなく、「題目の五字」を説かれつつ、二仏並座の
儀式を簡略して表現されていることから、やはり「本尊」がメインであり、根本とするこ
とを説明したと拝せる。故に「授与」するべき対象なのである。
誤解を恐れずにいえば、「本尊」と「題目」はセットでなければ成立せず、離れては存在し
得ないのだ。それは「人」と「法」も全くもって同じである。
創価学会永遠の師匠・池田先生の「法華経の智慧」を再度、以下引用する。
「法と人(仏)は本来、不可分なのです。『如来』というのも『如(真如・真実の世界)からや
って来たもの』ということです。すなわち『如来』とは、真実の『法』が現実の上に表れ
たのです。宇宙生命に“人”の側面と“法”の側面があり、それが一体なのです」(第4巻ワイ
ド版P50)
本抄最後の結びに「国土乱れて後に上行等の聖人出現し、本門の三つの法門これを建立
し、一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布疑いなきものか」と、大聖人は「上行等の聖
人」と表現されているが、完全に御自身のことと宣言なされ、三大秘法は「建立」すべき
ものなのだとハッキリわかる。そして、その建立される三大秘法をもって、広宣流布すべ
き「妙法蓮華経」の五字とされておられると拝せまいか。
⑩ 新尼御前御返事(新版御書P1219)文永12年2月16日
上記、法華取要抄から約9ヶ月後に著された本抄では、「留め置きたもう」の文は出てこ
ないが、御本尊について大集経や法華経、涅槃経等を用いてその偉大さ並びに大事な表現
をなされて説かれているので紹介したい。
P1221 に「上行菩薩等を湧出品に召し出ださせ給いて、法華経の本門の肝心たる妙法蓮華
経の五字をゆずらせ給いて、『あなかしこ・あなかしこ。我滅して後、正法一千年、像法一
千年に弘通すべからず。末法の始めに謗法の法師、一閻浮提に充満して、諸天いかりをな
し、箒星は一天にわたらせ、大地は大波のごとくおどらん。大旱魃・大火・大水・大風・
大疫病・大飢饉・大兵乱等の無量の大災難ならびおこり、一閻浮提の人々、各々甲冑をき
て弓杖を手ににぎらん時、諸仏・諸菩薩・諸天善神等の御力の及ばせ給わざらん時、諸人
皆死して無間地獄に堕つること雨のごとくしげからん時、この五字の大曼荼羅を身に帯し
心に存ぜば、諸王は国を扶け、万民は難をのがれん。乃至、後生の大火炎を脱るべし』と
仏記しお(置)かせ給いぬ」と。
この中では「妙法蓮華経の五字」=「事の一念三千たる南無妙法蓮華経」のことを、「大
曼荼羅」と表現されている。その「大曼荼羅」とはP1221の4行目に「今この御本尊は」
と説かれ始めることから「大曼荼羅」=「御本尊」のことである。
⑪ 妙法曼陀羅供養事(新版御書P1726)文永10年
上記の「大曼荼羅」の表現から、佐渡の阿仏房の妻である千日尼に与えられたこの「妙法
曼陀羅供養事」に移りたい。
ここでも御本尊のことを「この曼陀羅は、五字七字にて候えども、三世の諸仏の御師、一
切の女人の成仏の印文なり。冥途にはともしびとなり、死出の山にては良馬となり、天に
は日月の如し、地には須弥山の如し。生死海の船なり、成仏得道の導師なり」とあり、こ
こでは「この曼陀羅」=「御本尊」は三世の諸仏の「御師」であり、成仏得道の「導師」
と⑥四条金吾殿御返事と同様に、やはり完全に「人格」を有していることがわかる表現を
なされている。
続いて「この大曼陀羅は、仏の滅後二千二百二十余年の間、一閻浮提の内にはいまだひろ
(広)まらせ給わず」と曼陀羅及び大曼陀羅との表現並びに、私たちが日々拝している御本
尊の讃文と同様の文が記され、さらに続いて「病によりて薬あり。軽病には凡薬をほどこ
(施)し、重病には仙薬をあた(与)うべし」と。
そして「末代の一切衆生は、いかなる大医、いかなる良薬をもってか治すべきとかんがえ
候えば、大日如来の智拳印ならびに大日の真言、阿弥陀如来の四十八願、薬師如来の十二
大願の衆病悉除の誓いも及ぶべからず。この薬つか(使)わば、病消滅せざる上、いよいよ
倍増すべし。これらの末法の時のために、教主釈尊、多宝如来・十方分身の諸仏を集めさ
せ給いて、一(つ)の仙薬をとど(留)め給えり。いわゆる妙法蓮華経の五つの文字なり」
と。
ここでも「御本尊」のことが末法の一切衆生の重病を治す仙薬であることが明白であり、
更にはこの仙薬の前には旧版御書だと「一の」とある。この「一」が意味するものは新版
御書のように「たった一つ」のという意味とも取れるが、その後に「とどめ給えり」と続
くことから、この仙薬こそが「一大秘法」のことを示すものとも解せると思われる。
更には、「この文字をば、(略)上行菩薩等と申して四人の大菩薩まします。この菩薩は、釈
迦如来、五百塵点劫よりこのかた御弟子とならせ給いて一念も仏をわすれずまします大菩
薩を召し出して授けさせ給えり」とあり、妙法蓮華経の五字は上行菩薩へ授けられたもの
とわかる。
千日尼への御書、妙法曼陀羅供養事を紹介したので、夫であり、大聖人から「北国の導
師」とまで尊称された阿仏房へ宛てられた阿仏房御書(P1732建治2年三月十三日)も紹介
しないわけにはいかない。
何故かならば、阿仏房御書では本当にド直球な表現で「妙法蓮華経の五字」を説かれてい
るからである。
曰く「『多宝如来涌現の宝塔、何事を表し給うや』と云々。この法門ゆゆしき大事なり」
と、阿仏房は見宝塔品第十一にて突如として涌現した宝塔とはいったい何事を表したもの
なのですか?と大聖人に問うた。すると大聖人は「この法門ゆゆしき大事なり」と、つま
りは大聖人御内証の文底の法門のことだよ、と前置かれる。
続いて「末法に入って法華経を持つ男女のすがたより外には宝塔なきなり。もししから
ば、貴賤上下をえらばず、南無妙法蓮華経ととなうるものは、我が身宝塔にして我が身又
多宝如来なり。妙法蓮華経より外には宝塔なきなり。法華経の題目、宝塔なり。宝塔また
南無妙法蓮華経なり。今、阿仏上人の一身は地・水・火・風・空の五大なり。この五大は
題目の五字なり。しかれば、阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房、これより外の才
覚無益なり」の超有名な一節であるが、阿仏房の一身を指す五大が妙法蓮華経の五字だと
いうのである。
その後「あまりにありがたく候えば、宝塔をかきあらわしまいらせ候ぞ。子にあらずん
ば、ゆずることなかれ。信心強盛の者にあらずんば、見することなかれ。出世の本懐と
は、これなり」と、先ほどの御文とセットで学び、覚えた御文である。
阿仏房夫妻は大聖人が仰っていた宝塔が、まさに南無妙法蓮華経として御本尊の中央に大
書されており、しかもそれは、他の誰でもない、自分自身のことだと仰っているのであ
り、更には、そこに向かって南無妙法蓮華経と唱えることが自身の仏界を開く成仏への方
法だと指導されたわけである。阿仏房がどれほど感激されたことか想像に難くない。まさ
に「受持即観心」を得られたことであろう。
そしてここで最も重要な御文は「出世の本懐とはこれなり」である。
言わずもがな、この御文こそが日蓮大聖人がこの世に生まれ出でた根本目的である「御本
尊の御図顕」にあられたという依文である。
⑫ 高橋入道殿御返事(新版御書P1954)建治元年7月12日
この御書は「留め置きたもう」こそ出てこないが、御本尊とは「授与」すべきものとわか
る内容になっているし、上記⑪の妙法曼陀羅供養事の内容とも全くもって合致すると思わ
れるため紹介したい。
冒頭、「八万聖教の肝心・法華経の眼目たる妙法蓮華経の五字をば、迦葉・阿難にもゆず
り給わず、また文殊・普賢・観音・弥勒・地蔵・竜樹等の大菩薩にもさず(授)け給わず。
これらの大菩薩等ののぞみ申せしかども、仏ゆるし給わず。大地の底より上行菩薩と申せ
し老人を召しいだして、多宝仏・十方の諸仏の御前にして、釈迦如来、七宝の塔中にして
妙法蓮華経の五字を上行菩薩にゆずり給う」と。
ここで、5頁目に引用(要約)紹介した「法華経の智慧」の内容が、より腑に落ちると思わ
れる。
「上行菩薩にゆずり給う」との表現が、まさに「『渡された』というところが、誤解を招
きやすい」との部分である。
御文はこう続く。「末法に入りなば、迦葉・阿難等(略)のゆずられしところの小乗経・大乗
経ならびに法華経は、文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず。いわゆる、病は重
し薬はあさし。その時、上行菩薩出現して、妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさ
ず(授)くべし」更には「法華経の題目・妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさず
(授)くべし」更には「法華経の題目・南無妙法蓮華経の五字ばかりを一切衆生にさず(授)
けば」と。
やはり「妙法蓮華経の五字」は「授与」するものであり、更にこの御文からは「法華経
は、文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず」であるから、「法華経二十八品」は
末法においては薬とならないことは明白であると改めて強調しておきたい。
「法華経二十八品」を意味する経題としての「妙法蓮華経」に「南無」することをもって
「南無妙法蓮華経」というわけではない。
これが日蓮大聖人の仏法を理解する上での絶対的な基本であることも改めて強調してお
く。
⑬ 法華初心成仏抄(新版御書P685)建治3年月日不明
P696 にこうある。
「末法の世には、無智の人に、機に叶い叶わざるを顧みず、ただ強いて法華経の五字の名
号を説いて持(たも)たすべきなり」とあり、「妙法蓮華経の五字」は「持たす」ものでもあ
ると仰せである。「受持」と同義である。
⑭ 顕仏未来記(新版御書P606)文永10年5月11日
続いて引用したいのが、顕仏未来記である。前述したが、この御書は観心本尊抄を顕され
た直後であることが日付から伺うことができる。
P608 に「仏の滅後において、四味三教等の邪執を捨てて実大乗の法華経に帰せば、諸天
善神ならびに地涌千界等の菩薩、法華の行者を守護せん。この人は、守護の力を得て、本
門の本尊・妙法蓮華経の五字をもって閻浮提に広宣流布せしめんか」と、観心本尊抄の時
と同様に、今度は「並びに」の言葉は省かれ、どストレートに南無妙法蓮華経は御本尊の
ことと御断言なされている。
更には、ここでいう法華の行者を守護するという地涌千界の菩薩とは、御本尊の相貌に書
き顕されている大聖人己心の地涌の菩薩達と拝するべきであろうし、現実に流罪中の大聖
人を、その信力、行力をもって仏力、法力を湧出し、自身も共に難に遭いながらも懸命に
お支えした門下一同のことでもあろうと解せないであろうか。そして、その法華の行者、
つまりは一閻浮提第一の法華経の行者である日蓮大聖人こそが「この人」に当たると拝せ
る。
⑮ 諸法実相抄(新版御書P1788)文永10年5月17日 与最蓮房
上記、⑭顕仏未来記を著された直後に最蓮房へ与えられた、日蓮大聖人の仏法の肝心要が
説かれている重書であるが、この御書にも「とどめおき給う」との表現が出てくる。
御文には「釈迦仏・多宝仏、未来日本国の一切衆生のためにとど(留)めお(置)き給うとこ
ろの妙法蓮華経なり」とある。この諸法実相抄は池田先生の御書講義を拝すれば一目瞭然
「(開目抄と観心本尊抄で明かされた)人・法両本尊の結論が、この一書に包含されてい
る」(昭和52年1月池田先生講義)とある通り、御本尊についてと本仏についての両面を、
凝縮されて説き明かされているのである。
この御書における留め置かれたものとは結論「一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給え」と
末尾にある通り、この御文の「妙法蓮華経」とは御本尊のことである。
⑯ 三大秘法抄(新版御書P1384)弘安4年4月8日 与大田乗明
そして、いよいよ最後に紹介したい御書が「三大秘法」を明確に説かれた、三大秘法抄(三
大秘法禀承事)である。
私も最近知ったのだが、要綱発刊後の翌年2024年4月に、なんとあの身延山久遠寺が五
老僧の日向による写本の存在を公表したというのだ。これは、もう真書であることがほぼ
確定したと言ってよい、とんでもないニュースだと衝撃を受けた。
なぜ衝撃を受けるかと言えば、この御書は日興門流の日蓮本仏論を否定したい他門流の寺
院・団体からすれば、絶対に認められない御書だからである。
本文にはこうある。「問う。説くところの要言の法とは、何物ぞや」
「実相証得の当初(そのかみ)修行し給いしところの寿量品の本尊と戒壇と題目の五字な
り。教主釈尊、この秘法をば、三世に隠れ無き普賢文殊等にも譲り給わず。いわんや、そ
の以下をや。されば、この秘法を説かせ給いし儀式は、四味三教ならびに法華経の迹門十
四品に異なりき。所居の土は、寂光本有の国土なり。能居の教主は、本有無作の三身な
り。所化もって同体なり」
この「教主釈尊」は、戸田先生の講義では「教主釈尊、この教主はインドの釈尊ではあり
ません。久遠元初の自受用報身如来です。」(全集第6巻、講義編Ⅱ P510)とハッキリ仰っ
ている。
これに続く御文も極めて重要である。曰く「問う。仏の滅後、正像末の三時において、本
化・迹化の各々の付属分明なり。ただ寿量の一品に限って末法濁悪の衆生のためなりとい
える経文いまだ分明ならず。たしかに経の現文を聞かんと欲す、いかん。答う。汝あなが
ちに之を問う。聞いて後、堅く信を取るべきなり」と、そこまで強い思いでこれを聞いた
からには、聞いた後は絶対に堅く信じて行くのだぞ、と強く念を押されているのである。
要綱発刊前までの創価学会では、戸田・池田両先生による日寛教学をベースにした御書講
義を根本に学んで来たのである。その師匠達が大聖人に代わって教えてくださったことを
信じないというのか。「御書根本」が聞いて呆れると言わざるを得ない。
次に、ここへ来て「この好き良薬を、今留めてここに在(お)く。汝は取って服すべし。差
(い)えじと憂うることなかれ」と、「留め置きたもう」の語の元となる寿量品の文が引用さ
れる。
続けて「「三大秘法、その体いかん。答えて云わく、予が己心の大事これにしかず。汝が志
無二なれば、少しこれを云わん」と、ここでも三大秘法に対する語として「法」ではなく
「体」となっており、もはや「何物」ではなくて「法体」のことと仰っており、更には、
大聖人己心の御内証の大事であるから、志という決意が無二であるならば話すよ、と先ほ
どの念押しと同じく、今一重の確認をなされているのである。ここまで御本仏に言わせて
おいて信じないとはなにごとか。
そして、最も重要な御文である「寿量品に建立するところの本尊とは、五百塵点の当初(そ
のかみ)より以来(このかた)、此土有縁深厚、本有無作の三身の教主釈尊これなり」が来
る。
今回の論では、「題目」と「戒壇」については省略するが、この御文こそが、日蓮大聖人
その人こそが此土有縁深厚、本有無作の三身の教主釈尊の御ことを示されている超重要御
文である。
前述の戸田先生の講義の続きを引用したい。曰く「『寿量品に建立する所の本尊』はと三
大秘法のうちの本門の本尊をいまから説かれていくのです。(略)
寿量品に建立するところの仏は、御本尊は何かということを説かれているのです。本尊と
いうことをここできちっと示されております。インドの釈尊については、ぜんぜんなんと
もいっていません。五百塵点の当初というと、釈尊第一番成道の五百塵点劫のその時では
ないのです。それより以前、久遠元初という時です。その時から此土有縁、此土は娑婆世
界です。娑婆世界に縁の深い、深厚本有、深く厚いとあります。本有、だれがつくったも
のでもなく、もともとあった。無作三身の教主釈尊であった。すなわち、いつでも私が申
しますように、久遠元初の自受用報身如来様、あるいは南無妙法蓮華経様とも申す方が教
主釈尊です。(略)
もうこれは、インドの釈尊ではない。釈尊の系統ではぜんぜんない。これは久遠元初の自
受用報身如来とはっきりしています。これを読めないから、それを釈尊ととる。読むとど
うしてもインドの色相荘厳の釈尊ではなくなってしまうので、三大秘法抄は偽書などとい
いだす。大聖人でなかったら、だれがこんなもの書けますか。この御書を偽作した人は日
蓮大聖人様と同じ人です。ほかの僧では、書けるわけがない。偽書のつくりようがない。
絶対確信に満ちた御書です。」と、戸田先生の烈々たる魂の大確信の獅子吼がありありと伝
わってきて感激せざるを得ない。
この戸田先生の大確信を、まさに裏付け、間違いない証明がこのタイミングで公表された
ことは御仏智としか言いようがない。
ついでに、なんていうと余りにも罰当たりな表現になってしまうが、要綱では「大聖人は
表現の上では、自身が上行菩薩であるとは明言されていない」(要綱P92)と断言している
が、では次の御文はどう読むというのであろう。
「この三大秘法は、二千余年の当初(そのかみ)、地涌千界の上首として日蓮たしかに教
主・大覚世尊より口決せし相承なり。今、日蓮が所行は、霊鷲山の禀承に芥爾ばかりの相
違なき、色も替らぬ寿量品の事の三大事なり」(P1388)
「地涌千界の上首」とは上行菩薩の御ことではないか。ハッキリとそのまま仰っていない
から「明言されていない」というのか?それとも三大秘法抄を偽書認定してしまったから
なのか?
いずれにしても戸田・池田両先生が激怒されているに違いない。
加えて、⑥四条金吾殿御返事で紹介した「本門寿量品の三大事とはこれなり」と同意の
「寿量品の事の三大事なり」と記され、きちんと補完されていることにも注目したい。
末尾に「大覚世尊久遠実成の当初(そのかみ)証得の一念三千なり。今、日蓮が時に感じ
て、この法門広宣流布するなり。予、年来(としごろ)己心に秘すといえども、この法門を
書き付けて留め置かずんば、門家の遺弟等、定めて無慈悲の讒言を加うべし。その後は何
と悔ゆとも叶うまじきと存ずるあいだ、貴辺に対し書き送り候。一見の後、秘して他見有
るべからず。口外も栓無し。法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給いて候は、この三大秘
法を含みたる経にてわたらせ給えばなり。秘すべし。秘すべし」と結ばれる。
日蓮大聖人が「広宣流布」される法門は、「久遠元初の妙法」である「三大秘法」であ
る。門下の末代の遺弟である我々のためにハッキリと書き付けて留め置いてくださったの
である。この日蓮仏法における最重要御書とも言える「三大秘法抄」こそが、私見ながら
「観心本尊抄」以上に「人の耳目これを驚動すべき」内容であるが故に、一度見たら他の
人には見せず、口外もしてはいけないと、それはそれは堅く秘しておきなさいと厳命なさ
れたと拝するほかない。つまりは大聖人滅後の未来を見据えて留め置かれたのである。日
興門流の正統である創価学会の出現並びに三代会長のご指南無くして、この御書も絶対に
正しく拝することはできないと断言する。
そして何故、法華経が大事なのかは、この三大秘法を「含みたる経」であるからだと。末
法に入って以来、法華経を用いる理由はこのことのみである。
ここまで種々の御書を紹介して来たが、以上をもって元の「曽谷入道殿許御書」に戻りた
い。
P1399 に、もう一か所の「一大秘法」が出てくる。その前段で⑨の法華取要抄でも取り上
げた同様の表現の御文である「大覚世尊、寿量品を演説し、しかして後に十神力を示現し
て、四大菩薩に付嘱したもう。その所属の法は何物ぞや。法華経の中にも、広を捨てて略
を取り、略を捨てて要を取る。いわゆる、妙法蓮華経の五字・名体宗用教の五重玄なり」
とあり、「この四大菩薩は、(略)ただこの一大秘法を持って本の処に隠居するの後、仏の滅
後正像二千年の間においていまだ一度も出現せず」と。
まさに①観心本尊抄に曰く「本法所持の人にあらざれば」の御文と③南条殿御返事の「教
主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり」の
御文との整合性に納得されまいか。
文永11年12月に身延で顕された通称「万年救護本尊」と呼ばれる御本尊の脇書きには
「大覚世尊御入滅の後、二千二百二十余年を経歴し、しかりと雖も月・漢・日三箇国の間
未だ此の大本尊有(ましま)さず。或は知って之を弘めず、或は之を知らず。我が慈父仏智を
以て之を隠し留め、末法の為に之を残す。後五百歳の時、上行菩薩世に出現し始めて之を
弘宣す」とある。
要綱では、「これは御本尊を顕した大聖人自身について、上行菩薩の使命を果たしていると
述べられたものとも解釈できる。」(要綱P177後注(45))とあるが、全くもって何が言いた
いのか意味不明である。
開目抄に曰く「一念三千の法門は、ただ法華経の本門寿量品の文の底にしず(沈)めたり」
(新版御書P54)の御文を能く能く心肝に染めねばならない。
「一念三千の法門」である「事行の南無妙法蓮華経」並びに「本門の本尊」は、「法華経
二十八品の文上」には<明示されていない>のである。その文底に秘沈されておられたも
のを大聖人が拾い出されたのである。
ここまで追って来て、どうやらほぼ言えることとして、事の一念三千たる南無妙法蓮華経
のことを指す「妙法蓮華経の五字」並びに「南無妙法蓮華経の五字」と表現されているも
のは「仏」が「寿量品の文の底」に「留め置かれた秘法」であり、末法の一切衆生に「授
与」すべきものと拝することができると思われる。
そして、その「仏」とは、一大秘法という本法を、もともと所持されていた「久遠元初の
自受用報身如来である日蓮大聖人」その人であり、「法華経」とは⑫高橋入道殿御返事に
おける「法華経は、文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず」の通り、「文上の法
華経二十八品」ではなく、「法華経・寿量品の文底」に留め置かれた事の一念三千たる三
大秘法の南無妙法蓮華経のことであり、就中「本門の本尊」のことである。
その「仏」が隠し留め置かれ、末法の一切衆生のために残された秘法を、もともと持って
いらっしゃった「大聖人」だからこそ、十六歳の御時に覚知され、立宗宣言以降、先ずは
「服せしむ」ために南無妙法蓮華経の唱題行を勧められ、法華経に示されている数々の大
難を受け切ったと確信された竜の口での発迹顕本をもって、あの文上の法華経からでは、
誰人たりとも到底想像し得ない未曾有の大曼荼羅を人類史上初めて御図顕することができ
たのであり、その曼荼羅本尊の図顕がなければ三大秘法は成就し得ないのである。
そもそもが、「本門の本尊」に向かって唱える題目を「本門の題目」というのであるから、
先ず「本門の本尊」がなければ成立し得ないではないか。極めてシンプルな道理である。
ただ、「南無妙法蓮華経」の題目のみをもって大聖人が末法の一切衆生のために建立された
三大秘法を、その一語に集約した「一大秘法」の意とするのは大聖人の本意ではないとい
うことが明らかではないだろうか。
戸田・池田両先生の指導にも、一念三千を南無妙法蓮華経とすることがあるが、その意味
では一大秘法を南無妙法蓮華経とするのは、まだ一往・当分の表現であり、「本門の本
尊」とするのが、再往・跨節の表現と思われる。
日寛上人は文低秘沈抄で三大秘法について、先ず「本門の本尊」から説かれるわけだが、
(当の大聖人御自身も三大秘法について論じる際には全てはじめに説かれるのは「本尊」か
らである)そこでは「当流の意は事を事に顕す。是の故に法体本是れ事なり、故に事の一念
三千の本尊と名づくるなり」(六巻抄P86)と。
この「事を事に顕す」とは、まさに大聖人御自身が覚知された人法一箇の一念三千が事の
法体であり、その事の法体を万人が礼拝できる具体的な物体にして顕された御本尊こそ
が、事に顕した「本門の本尊」になるわけである。
この「本門の本尊」が三大秘法の主体であるが故に、「一大秘法」として「留め置かれた」
ものを指し、「建立」されて「残された」ものと拝せると思われるのである。
大聖人ご在世当時は「人法一箇の事の一念三千たる南無妙法蓮華経の御当体」である日蓮
大聖人その人が厳然といらっしゃった。故に弟子並びに門下一同は、或は大聖人に直接会
い、或は大聖人を遠い地から思い、唱題行に勤しむことでそれぞれが自身の仏界を開き続
けられ得たのである。しかし、大聖人滅後の我々は現実に生きていた大聖人には残念なが
らもうお会いすることはできない。故に、その「日蓮大聖人の御生命」を留め置かれた
「人法一箇の御本尊」を受持し、「南無妙法蓮華経 日蓮」に向かって自行化他に亘って題
目を唱えることを仏道修行と定められたのである。
有名な経王殿御返事(新版御書P1633文永10年8月15日)に「日蓮がたましいをすみにそ
めながしてかきて候ぞ、信じさせ給え。仏の御意(みこころ)は法華経なり、日蓮がたまし
いは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし」とある通りである。この「人法一箇の御本尊」へ
の唱題によってのみ、仏を成(ひら)ける方法と定めたことをもって「三大秘法」としたと
拝せるのである。
故に、この論の冒頭に私が掲げた結論に至るのである。
ここまで紹介した諸御書も全て本地を顕された、いわゆる「佐前・佐後」の佐後に書かれ
たものである。私のような者の想像力では畏れ多いが、大聖人の胸中にて立宗宣言以降も
絶えず御本尊について熟考され抜いていたであったろうからこそ、ここまで多岐に渡る御
書の中でも一貫して整合性が取れておられるのだと改めて学び直す中で感じた次第であ
る。
私は、この論とも呼べない浅学この上ない文章を作るのに、どれほどか打っては消し、打
っては消しを繰り返したことだろう。大聖人の御書は紙と筆である。なおかつ極めて資源
の乏しい極寒の佐渡の地である。いったいどれほどの大慈大悲をお持ちであれば、こんな
艱難辛苦をも悠然と乗り越えられるご境涯たりえるのか。月々日々に御本仏への報恩感謝
の念を増さずにはいられないし、有難くもその御本仏の生命と合致することができる御本
尊様への感謝の題目をあげずにはいられない。
更には、その大聖人が残された本当の信心を正しく教えてくださった創価三代の会長であ
る師匠への報恩感謝も尽きることがない。なんとしても、その正しい教えを護らねばと思
うばかりである。断じて、元に戻さねばならない。
池田先生が新・人間革命において「本尊」について記されている所を引用したい。
「大聖人がこの世に弘めようとされたものは、端的に申し上げれば『本尊』であります。
『本尊』とは、『根本として尊敬すべきもの』です。人は、根本に迷えば、枝葉にも迷い、
根本に迷いがなければ、枝葉末節の迷いも、おのずから消えていくものである。ゆえに、
いちばんの根本となる『本尊』を、一切衆生に与え、弘められたのであります。
では、その『本尊』の内容とは何か」(略)「それは、『御本尊七箇相承』に『汝等が身を以
って本尊と為す可し』とある通り、あえて誤解を恐れずに申し上げれば、総じては、『人間
の生命をもって本尊とせよ』ということであります」(略)「つまり、大聖人の仏法は『一
切の根源は“生命”それ自体である』という哲理であり、思想なのであります」(新・人間革
命第19巻P297)
最後に。
日蓮大聖人の仏法の根本は「御本尊」である。
教学要綱には「御書根本」と「日蓮大聖人直結」(要綱P147)との文言は確認できるのだ
が、何故かここに、同時に最も大切な「御本尊根本」がないのである。
宗門との決別後、池田先生が特に強調されたこととして論述しているのだが、この頃の先
生の指導(「希望の明日へ」1995年6月度6日発刊から抜粋)をいくつか紹介したい。
「創価学会は、どこまでも『大聖人根本』『御本尊根本』に進む。この“正しき信心”の軌道
は、永遠に変わらない」(1991.12.15)
「御本尊に、また御本仏・日蓮大聖人に直結しゆくときこそ、功徳の泉が無限に湧き出ず
ることを、確信していきたい」(1991.12.26)
「基準は、どこまでも日蓮大聖人である。すなわち御本尊と御書が根本である。SGIは、
過去も、現在も、未来も、永遠に『御本尊根本』『御書根本』の正道を行く」(1992.7.3)
「創価学会は、永遠に“大聖人直結”である。御本尊根本であり、御書根本である」
(1993.9.9)
「大聖人は、人法一箇の御本尊を遺され、“これを拝みなさい”と教えられた。このこと自
体、“大聖人に直結せよ”ということにほかならない。極めて簡単な道理である」
(1993.11.21)
他にも数多あると思われるが、私の知る限りでは「日蓮大聖人直結」「御本尊根本」「御書
根本」を先生は常にセットでご指導されておられた。
特に最初に紹介した1991年12月15日付のスピーチと同日に池田先生は「『日蓮世界宗創
価学会』と揮毫し」(要綱P147)とあるが、その日に為されたスピーチで強調された「御本
尊根本」を載せていない。
このことをわかっておきながら、もし敢えて「外した」のだとしたら、それはいったいど
ういうことであろうか。
私は危惧する。創価学会は、「御本尊根本」ではなくなるというのか。全くもって正気の沙
汰ではない。この日興門流の正統である創価学会の正しき御本尊を弘め、受持させていく
ことをもって「広宣流布」の意として来たはずである。
大聖人滅後の我々は「御本尊」を拝することなくして、「大聖人に直結」することは不可能
である。そして、無論そこには創価の師弟不二の異体同心の信心が不可欠であることは言
うまでもない。五老僧の門流では、広宣流布は絶対に不可能なのである。歴史と事実が証
明している通りである。
「御本尊」の軽視は、即日蓮仏法の否定であり、自殺行為である。「題目のみの流布」で
は、「広宣流布」は成就し得ない。
そのために意図して「一大秘法」を安易に「題目のみ」のことと断定したのだとすれば、
これは大謗法であると断ずる以外ない。
池田先生を自身の生涯の師匠と定め、共に戦って来た会員同志諸氏よ、どうか師匠から薫
陶を受けたその邪悪を見破る正しき眼で、師匠亡き後の創価学会を具に監視して頂きた
く、切に願うものである。

