【投書】池田門下は平和憲法を死守(2)

投書者:石楠花

私は今,一人の創価学会員として,統一教会撲滅と高市政権打倒を真剣に祈っている。

要旨

1. 現代の一凶は統一教会である
2. 改憲反対は統一教会との闘いである
3. 2018年の沖縄県知事選挙において,創価学会は統一教会と共闘した

筆者は以前「池田門下は平和憲法を死守(1)」を投稿し,自民党改憲案の危険性について述べた。(1)としたのは,(2)で公明党批判をするつもりだったからである。しかし,統一教会との関係性が色濃く出ている高市政権の動向を見るに,もはや悠長なことは言っていられない。この焦燥感から,(2)においては,統一教会の危険性について述べ,同教会の撲滅を一人の学会員として真剣に祈っていることをお伝えしたい。なお,同教会は「世界基督教統一神霊協会」から、2015年に「世界平和統一家庭連合」へ改称し,2026年に解散命令を受けたのち,FFWPUという新名称にするというニュースもある。本来は旧統一教会と言うべきであるが,本稿では通称の統一教会という言い方をする。

〈自民党の改憲案と類似点の多い勝共連合の改憲案〉
筆者が「池田門下は平和憲法を死守(1)」において提示した自民党改憲案は国際勝共連合HP( https://www.ifvoc.org/ )にある改憲案と怖ろしいほど一致している。国際勝共連合(以下勝共連合)とは,1968年に文鮮明が創設した旧統一教会を母体とする反共政治団体であり,その名の通り,共産主義,共産党を全面的に否定する思想を持つ団体である。勝共連合はどんな案を出したか。以下に示す。

1)集団的自衛権の行使
2)武器輸出三原則の撤廃
3)非核三原則を改める
4)国家安全保障会議の設置
5)スパイ防止法の制定
6)専守防衛の拘束を解く
7)防衛産業を経済成長戦略にすえる
8)宇宙の軍事利用を推進
9)自衛隊海外派遣恒久法の制定
10)民間防衛組織の整備

このうち1)集団的自衛権の行使は2014年に安倍政権下で閣議決定した。2)武器輸出の禁止の撤廃に関しても2014年に安倍政権下で閣議決定され,さらに高市政権が2026年4月に殺傷能力を持つ武器輸出を原則解禁。3)非核三原則について高市政権は「持ち込ませず」の見直しを提案している。4)から10)もすべて現在進行中である。まさに勝共連合の改憲案と同様のことを実行中なのである。あまりの類似性に,自民党の改憲案は統一教会の案を土台にしたという説もあるが,自民党が改憲の検討を始めたのは,統一教会が日本に進出する以前の1950年代からなので,土台にしたとは言えない。だが,恐るべき一致があることは事実である。

2026年1月にTansa(https://tansajp.org/)や毎日新聞が入手したTM(トゥルーマザー)特別報告書(以下TM報告書)には3000頁に渡って,統一教会の日本における工作活動や活動状況が報告されている。その中に高市早苗の名前は32回登場し,徳野会長は「高市氏が党総裁になることが天の最大の願い」(2021年9月18日)と述べている。統一教会の最大の願いは、高市を自民党総裁にし、総理大臣にすることだったのだ。なぜ高市なのか。若い頃からの彼女の発言や行動を見るに,彼女は政治経験に乏しく,公人としての見識も教養も危ういことがわかる。自己顕示欲は人一倍強く,総理就任以前も以降も,次々と虚偽発言をしているが,嘘をつくことに全く罪悪感がないようだ。そして,憲法の前文を公で「あのおめでたい一文」と述べたり,「敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち」と述べた村山首相の前で「私は反省なんかしていません」などと平気で言う人物である。このような人物は,統一教会としては最適の人材だったのであろう。本年2月に行われた衆議院選挙で自民党は118から316というかつてない議席数を獲得し,裏金議員や統一教会系議員も全員再選を果たした。それに対し,野党の有力政治家は続々落選した。

高市自民党が国民から支持されたという前提で,政権は急ぎ足で,緊急事態条項を含む改憲,4)国家安全保障会議の設置,5)スパイ防止法の制定を行おうとしている。2)武器輸出三原則は三木内閣時代に衆参両院の全会一致で確認されたが,その撤廃は安倍政権下で閣議決定のみで決められた。従って,4)も5)も同じように閣議決定だけで通過させるという懸念が大いにある。これは統一教会にとってまことに都合の良いことだ。

〈自民党と統一教会の親和性〉
それでは,なぜ両者はかくも類似点が多いのだろうか。1950年代に遡って,考えてみたい。
1959年,日本統一教会(当時の名称)が設立された。当時の韓国は最貧国の一つであり,一方,日本は高度経済成長が始まろうとしていた。そのため,統一教会にとって韓国よりも日本が資金源と宣教拠点として使える国であったと考えられる。さらに,彼らの教義では,韓国はアダム国家,日本はエバ国家という位置づけで,日本は韓国に尽くす使命があるとされ,この教義が日本人信者は献身すべきだという方向性を決定した。日本で巨額献金が集められ,破産,家庭崩壊,自殺など社会問題になったのは周知のとおりである。

では,当時の政治情勢はどうだったのだろうか。1950年代は東西冷戦時代であり,日本の保守勢力は共産主義への警戒から,共産党,社会党,学生運動の活発化に強い危機感を持っていた。政界の中心者,岸信介は米国側と深い関係を持ち,渋谷区にある私邸の隣には統一教会の本部が建設された。岸を中心とした日本の保守層にとって,反共主義を掲げる勝共連合,統一教会はまことに都合の良いものであったのだろう。統一教会は自民党に親和し,日本の政治,経済,社会,あらゆる方面に進出した。自民党は統一教会の組織力を利用すれば,日本の左翼を潰すことも不可能ではない。まさにwin-win の関係であった。

選挙があれば,統一教会は,電話作戦,ポスター貼り,集会動員,秘書的ボランティア,SNS支援などの活動を宗教的使命として行ってきた。一方,自民党の多数の議員は教団関連のイベントに出席、祝電やビデオメッセージ,講演,名誉実行委員就任などを行った。霊感商法や高額献金など社会問題が多々起きていたにも関わらず,公人である政治家が教会と距離を置かなかったことは重大である。実際,信者の勧誘や献金要請の際に「有力政治家が認めている団体だ」という形で利用されてきた。政治家側に直接違法行為へ加担した意思がなくても,結果として教団の社会的信用を補強したことになったのである。教団と関係をもった議員は自民党の180人だけでなく,日本維新の会,国民民主,立憲民主,公明党にもいる。一人もいないのは,共産党,れいわ,社民だけである。政治家と教団の癒着の危険性について被害者弁護団やジャーナリストは警告していたが,本格的な規制や調査が進まなかったのはその癒着が原因だったのだろうか。1995年3月に地下鉄サリン事件があり,人々の関心や警戒心がオウム真理教のほうに向けられてしまったとみるジャーナリストも多い。2022年7月の安倍元首相銃撃事件が起きて,国民は改めて統一教会を思い起こしたが,今や,統一教会の望む人物が日本の総理大臣となったのである。

〈創価学会・公明党と統一教会〉
創価学会員であれば,1958(昭和33)3月16日の広宣流布の儀式に,出席するはずの岸信介が突然欠席したことはご存じだろう。私は以前から,このことを不思議に思ってきた。「なぜ戸田先生の最後の願いが叶わなかったのだろう」しかし,2022年の安倍元首相銃撃事件で岸が日本に教会を積極的に歓迎した人物だとわかったとき,あのドタキャンは我々の言う御仏智だったと思った。1958年当時は,まだ統一教会の実態も明らかではなかったし,岸と教会の関係もわからなかった。もし,あの時,岸が大石寺を訪問し3.16の儀式に出席していたら,どうなっていただろうか。危険な方向に利用されることはあっても,良い方向に行くことは決してなかったと思う。もしかしたら,池田青年は何かを予見して人知れず,ひたすらに題目を唱えていたのかもしれない。そもそも岸の反共体質は池田青年と相いれるものだったとは思えない。

最近の学会員で「池田大作・宮本顕治人生対談」 (毎日新聞社,1975)を読んだことのある人はどれぐらいいるだろうか。また,同年公表の創共協定(創価学会・日本共産党合意)を知っている人はどのぐらいいるだろうか。創共協定についてよく知らないという方は,松本清張「作家の手帖」(文芸春秋,1981)を読んで頂きたい。どのような経緯で,①創価学会共産党相互の中傷誹謗の停止,②創価学会は共産党の信教の自由を認める,③共産党は創価学会の公明党に対する支持・指導を認める,④未来の民主連合政府の方向性を模索する,という協定が結ばれたのか,そしてどのような経緯で,この協定は反古になったのか,松本氏が詳細に記録している。

筆者は同書を初めて読んだ時,全身の血液が逆流するかと思った。「裏切ったのは創価学会じゃないか」。同書のオリジナルが月刊誌「文芸春秋」1980年1月号に掲載された随筆だということは,発売は1979年12月であり,おそらく松本氏の執筆は1979年の夏であろう。1979年と言えば,その年の5月3日に池田先生は会長職を辞任された。これは推測だが,松本氏は池田会長辞任の報を受けて,執筆に踏み切ったのではないかと思う。創共協定の事実を知っているのは松本氏だけであり,今しか,真実を伝えるしかないと思われたのではないだろうか。

池田・宮本対談が行われた時,なぜ共産党の委員長なんかと会うのだという強い反発が学会内にあったと聞いている。逆境と闘ってきた二人の大人物が胸襟を開いた対談だということは,読めばわかる。今では古書店にもなく(見つけても高額)所蔵する図書館も少ない。私は同書をすべて電子データに変換してあるので,将来,出版元の毎日新聞社から許諾を得ることができれば,ネットで配信したいと考えている。

それはともかく,創価学会と共産党とは信頼関係を築くことはできなかった。それだけではない。創価学会の中に漠然とした反共体質があることを,長年,創価学会の活動家であった筆者は認識している。1975年に創共協定が公表されても,当時,筆者のいた新宿区信濃町にある組織の中でさえ,この協定が話題になることはなかった。選挙が始まれば相変わらず,公明党と共産党の選挙カーは妨害しあっていた。筆者はウグイス嬢をやっていたので,よく知っている。つまり,池田先生が宮本氏と対談しようが,協定を結ぼうが,創価学会員はさしたる関心もなく,しんぶん赤旗を読むとか,近所の共産党員と話してみるなど,考えもしなかったのである。当時,貧乏人と病人の集まりと言われた創価学会と,最底辺の労働者を糾合していた日本共産党が協調関係になったら,一番恐れるのは権力側であろう。大権力に対峙し,民衆を護るためには,創価学会と共産党は反目してはならないのだ。両者をケンカさせておけば,それは権力側にとってまことに都合のよいことだろう。

2017年6月に公明党は全国紙の朝刊に一面広告を出し,共産党を「汚い,危険,北朝鮮の3K」と罵った。そこにはハイエナのイラストとともに共産党は「実績を横取りする」「オウムと同じ公安の調査対象」「朝鮮労働党との兄弟党」であると紹介。同年10月には山口代表(当時)が演説の中で「叩き潰せ,立憲,共産」と歌い,その映像は残っている。この時,筆者は公明党員をやめていて本当に良かったと心底思った。無節操な誹謗中傷をしているのは公明党のほうである。しかし,創価学会員の間でこのことが問題視されることはなかった。自公政権発足から18年目であったが,公明党は宗教政党の矜持もなく,立党の精神も失い,すっかり自民党と一体化したのである。

TM報告書によれば,2018年の沖縄県知事選について徳野会長が以下のように報告している。 (https://tansajp.org/investigativejournal/13154/)
「創価学会の信者によりつくられた公明党は、沖縄に約5万票を持っているようです。その公明党も6000名の活動部隊を日本全国から沖縄へ投入し、今回の選挙戦に決死的な体制で臨む予定です。したがって、私たち天の側の佐喜真という知事候補者を、自民党と公明党(創価学会)と家庭連合が全面的に応援し、日本共産党をはじめとした左翼勢力が、完全に一つになって応援している左翼国会議員との決戦に臨みます。私は沖縄へ行き(中略)沖縄の信者たちに真の父母様の代理人として、愛と心情と御言葉を投入いたします。」

遠山清彦が沖縄入りして敗北した県知事選である。創価学会と統一教会は同じ陣営にいたのである。共闘していたと言っても過言ではない。これを沖縄の創価学会員,本土から支援に行った6000名の青年部は知っているのだろうか。ただ,組織から言われるままに,「広宣流布の闘いだ」「功徳が出る」と信じ込んでレンタカーまで借りて選挙活動をしたのではないか。(実際,選挙期間中,沖縄県内のレンタカーは全車レンタルされていた)

創価学会の皆さんに,今一度思い出して頂きたい。我らの師匠はなぜ,何度も,何度も「平和憲法を死守せよ。私は護憲派です」と言われたのか。我らの師匠はなぜ,共産党委員長と対談し,協定を結ぼうとしたのか。

国家安全保障会議について東京弁護士会と日本共産党は2013年からその危険性を指摘し,反対の表明をしている。創価の父である牧口初代会長は治安維持法で検挙され,獄死された。創価学会の原点は権力との闘いなのである。獄中でのいかなる尋問にも屈しなかったばかりか,逆に,刑事や看守を獄中で折伏した初代会長の精神こそが創価の精神である。立正安国とは選挙活動に夢中になることではない。もうすぐ牧口先生ご生誕の日と立正安国論建白の日である。襟を正し,創価の精神に立ち返り,改憲と国家主義の暴走を止める題目の渦を起こしたい。

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