日蓮仏法を護るために闘う図斉先輩にエール!

投書者:創大5期 廣川文彦
まず、はっきりさせておきたい。創価学会を護るとは、三代会長、就中池田先生のご指導・ご指南を護ることであり、誤った判断を犯した執行部に隷従し、組織の秩序を維持することではない。
尊敬する図斉先輩が「役職解任」の言われなき処分を受けました。(直近5月8日の投稿:池田大作 御書と師弟 新版」の改変問題他をご参照)図斉氏は昨年1月より、1年3か月に亘って「創価学会教学要綱」の誤りについて、25本の論考を、副会長を含む数名の幹部にメール送付し、かつ自活サイトにも投稿されました。
教学要綱の内容が、余りにも池田先生のご講義・ご指南と異なるゆえ、幹部諸氏にその内容を示すと共に「ご教示下さい!」と指導を求め続けたのである。
そして1年3か月間、黙殺し続けられた図斉氏は、本年3月地元の幹部70名ほどに、この経緯を伝え、代表としてA副会長に教学要綱についての「質問会の開催」を求めたのである。
その後これを受けてか、抗弁の機会も一切与えられず、一方的な「役職解任」の処分の宣告がなされた。解任の理由を尋ねれば、「自活サイトに投稿し続け、組織を攪乱した」とのこと。
何と独善で筋違いな事をのたまうのでしょうか?
日本国憲法には言論・出版の自由、表現の自由が認められているのではなかったのか?
「教学要綱」は創価学会の公式教義書である。この内容について池田先生のご指導に照らし、誤りがあれば指摘し、質問するのは、弟子として当然のことではないでしょうか?
それに対し組織幹部諸氏は、図斉氏の訴えの内容については、一切触れなかったという。否、触れられないのであろう。何故かなら、池田先生のご指導・ご指南に反し、日蓮仏法の根本教義を破壊しているのは「教学要綱」の方なのだから・・・。
「組織を攪乱した」とは何事か?宗教にとって最も大切な「教義」が、邪教化されるのを見過ごし、上意下達の組織主義に安住し、何の意見も述べない事が正しいとでも言うのか?見て見ぬ振りを決め込むことが、先生のご精神に合致するとでも言うのか?
話は変わって、私の出身地は神奈川県横須賀市、佐島という小さな漁村のような地で生れました。創大入学後1年間は滝山東寮に入寮。その後3年間、母の病気もあり片道3時間20分ほどかけて通学。学内で最も長い通学時間?は自慢にはなりませんが、自分にとっては一つの財産となりました。
その後、青年部時代は横浜の地で闘いました。分割前の緑区男子部長時代、約3.000名の男子部の仲間と過ごす事が出来たのは、他に変えられない思い出です。
そして、縁あって所沢に越してきて、今年で33年になります。
先月、近くに住んでおられた、尊敬する2期生の先輩が霊山に旅立たれました。数年前に1期生の先輩も亡くなられていますので、私の知る限り、4期生である図斉先輩が、所沢市内にあっては創価同窓最古参と思われます。
図斉氏は昨年来、先生の講義・ご指導を論拠として、「教学要綱」の誤りを、25本の論考をもって正して下さいました。体を張っての諫言と拝しております。
微力ながら、この勇気ある論考・諫言に、賛同の意を表するとともに、図斉先輩にエールをお送りしたいと思い、投稿させていただきました。
「認識せずして評価すべからず!」は、初代牧口先生の有名な教えです。
今何が起こっているのか?客観的な事実を認識すべきだと考えます。人は無謬ではありません。人によって運営される組織も同じです。もし、執行部が間違いを犯したなら、勇気をもって諫言し、体を張って池田先生のご指導通りに起動修正させるのが、創価同窓の者達の役割であり、それこそが存在理由であると思います。
事は、日蓮仏法の根幹教義についてです。ここを揺るがせにして、創価学会の未来はないと思うからです。
最後に、(池田大作 御書と師弟 新版の改変問題他)の中で、図斉氏のご親友である中村氏が引用されている、以下を紹介し終わります。
「戸田先生が厳しく言われた通りである。『敵は外部にあるように見えるが、最も悪質な敵は、内部に出る』。だから、毒を撒き散らす内部の敵とは戦わなければならない。放っておいたら、毒がいつしか充満し、皆の純粋な信仰が破壊されてしまうからだ。ゆえに師敵対の輩とは断固、戦い続けるしかない」(池田先生「大白蓮華」 2008年5月号, p.56)
所沢市在住 創大5期 廣川文彦
