【投書】28期遠藤氏の、見事な破折に賛同、感謝!

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投書者:カナリア

創大28期生の遠藤氏が、原田驚愕部長が行った教授講座での邪義を、見事に破折して下さった。創価学会教学部長の誤りを、先生のご指導・ご指南をもとに、明々白々にされたことに心から賛同し、感謝申し上げたい。

氏も指摘しているように「「創価学会教学要綱」が発刊されて1年以上も経過しているのに、ほとんどの会員が、現執行部が大規模な教義改変を行った事実を知らないという実状」は、そもそも、余りにも異常なのである。

師匠の教えを蔑ろにして、根本教義を改変し、その行いの説明責任を全く果たそうとしない。そのあり方は、どんな言辞をもってしても、卑怯千万で無責任。許されるべきことではないと思う。

今再読を始めた「法華経の智慧」の中でも、池田先生は珠玉のご指導を残して下さっている。以下、いくつか紹介して、現局面で我ら各々がどうすべきか考えていきたい。

『池田先生: 21世紀の宗教は、民衆が自分で考え、自分で賢明に生き方を決める。「自立」の智慧を与えるものでなければならないでしょう。

須田:宗教は「民衆を、自分の考えを持たない幼児的な状態に押し込めておこうとする傾向」を乗り越えねばならないとーー。(1巻P70)』

『池田先生; 師匠がいる間は、まだ、いいかもしれない。師弟というのは、それが本物であるか否か、師がいなくなった時に試されるのです。仏法は厳しい。(1巻P90)』

『池田先生;題目を真剣に唱える声を根本として、温かい励ましの声、毅然とした勇気の声、心からの歓喜の声、真剣な誓いの声、明快な知恵の声、等々に満ち満ちているのが創価学会である。(P97)』

『池田先生;学会は「人間の組織」です。ゆえに権威でも号令でもない。「人間性」に触れる感動とともに前進していくのです。(P152)』

『池田先生;堕落した人間に惑わされることほど愚かな事はない。要は見抜けばいいのです。「師弟不二」こそ法華経の魂であり、日蓮大聖人の仏法の真髄です。その一番大事なもの壊し、切り離そうとする。それが「魔=奪命者」の特徴です。(P180)』

『池田先生;“この世に埋没する”現実追従。“この世に目をつぶる”現実拒否。“あの世に逃げる”現実逃避。法華経は、このいずれでもない(P210)』

『池田先生;大聖人は「大海の水は一滴なれども無量の江河の水を納めたり、如意宝珠は一珠なれども万宝をふらす」と仰せになっている。部分に全体が含まれる。一人の存在に、一切の宝がある。一人の行動から、無限の価値創造のドラマが始まるのです。(P238)以上<法華経の智慧第一巻より>』

また、最近公開された、創大4期の図斉氏の「論考」も合わせて学びながら、本来、温かな「先生の世界」を取り戻すために、「破邪顕正」の声を広げてまいりたい。

【投書】28期遠藤氏の、見事な破折に賛同、感謝!” に対して1件のコメントがあります。

  1. 遠藤 より:

    カナリア様
    拙論にご賛同くださりとても心強い限りです。
    本当にありがとうございます。
    「師匠の教えを蔑ろにして、根本教義を改変し、その行いの説明責任を全く果たそうとしない。そのあり方は、どんな言辞をもってしても、卑怯千万で無責任。許されるべきことではない」
    とのご意見に私も心から賛同致します。
    私もカナリア様をはじめ同志の皆様と共に、「先生の世界」を取り戻すために頑張っていきたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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