【投書】アクセンチュア問題の疑惑を糺す

投書者:Terry
最近、エキサイトブログの中で創価学会と外資系コンサルタント会社・アクセンチュアの関係を巡る興味深い記事を読んだ。(https://rigoletto.exblog.jp/243396554/#google_vignette)。
その冒頭は以下のようなものである。
…………………以下、引用。
J3-8) アクセンチュア「ビジョン会議」提案 / J3-9)「宗教法人創価学会規則」を変更 平成14年 2025年 01月 27日
1) “文藝春秋 平成30年4月号”: 2018 平成30年4月、アクセンチュアが学会の在り方について提案した。2008年6月に谷川佳樹の主導によりアクセンチュアのコンサルタントを大量に動員して外郭企業の統廃合の法人改革を進めた。アクセンチュアの提案資料では三代会長の事績を新聞・雑誌など様々なメディアを通じて学会員や社会に発信することを現代の広宣流布と位置づけた。
過去の活動に関連する文書・資料を未来の活動に生かすためのアーカイブ事業を確立することが取り組むべき大きな眼目とした。
2) 中央ジャーナル』2011(H23)年11月25日号: 2003年4月末ごろ、アクセンチュアがコンサルタント契約締結。2004年末までの契約総額は約40億円。2008年6月に「ビジョン会議」にて提案資料が公開。2012年3月に契約終了。2012年3月までの9年間の契約総額は数百億円。
…………………以上、引用。
創価学会がアクセンチュアとコンサルタント契約をしたことは、月刊文藝春秋を初め複数のメディアが報じているので、事実と見てよいだろう(信濃町にあった旧南元平和会館を拠点にして、大勢の派遣コンサルタントが学会本部や聖教新聞社に出入りしていたことが知られている)。
しかし、一般企業ならばともかく、宗教団体がコンサルタント会社と巨額のコンサルタント契約を結んだなどということは前代未聞である。
この件についてまず問題なのは、会員に何の説明もなく、全てブラックボックスの中でなされていて、透明性が皆無であるということだ。
一般企業では、九年間に及ぶ総額数百億円ものコンサルタント契約を結ぶことは大企業においても極めて例外的であり、それを行うには取締役会の決議や株主への説明が必要で、通常は数年ごとの競争入札を行うなど、高度なガバナンスと説明責任が求められる。しかし、創価学会の場合、アクセンチュアとの契約そのものを公表せずに隠蔽しており、一切の説明を行っていない。
宗教法人が一社に対して九年間で数百億円という巨額のコンサルタント契約を結ぶことは一般企業よりも遥かに深刻な問題が生ずる。
第一は、宗教法人法上の目的との関係だ。宗教法人法第2条は「宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成すること」が宗教団体の「主たる目的」であると規定している。アクセンチュアとの契約は外郭企業の統廃合や過去の資料を生かすためのアーカイブ事業を確立することが目標とされているが、それが「宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成すること」とどのように結びつくのか、合理的な説明がなければならない。外郭企業の統廃合は教義や弘教、会員の育成とは関係ない。また、それに数百億もの巨額を費やさなければならない理由も見いだしがたい。そうなると、この巨額支出は宗教団体としての目的から逸脱したものとみなされる恐れが大きいのではなかろうか。支出が目的から逸脱しているとなると、法人の財産を不当に流出させたことになり、責任役員の善管注意義務違反が問われ、損害賠償請求の対象となる可能性も生ずる。実態によっては背任罪・業務上横領罪などの刑事責任を問われる場合もありえよう。
またコンサルティングの内容が外郭企業の営利活動を支援するものと見なされた場合には、宗教法人の非課税措置の前提である「公益性」を損なうものとされ、追徴課税などが発生する可能性も出てくる。
このような法律的な問題だけでなく、それ以上に大きい問題は、この巨額支出の原資が学会員の財務や広布基金による「浄財」であるということだ。宗教団体の財産は信徒・会員の信仰心に基づく「浄財」である故に、その支出には一般企業以上の厳正さ、透明性が求められる(この契約については、それを承認した際の責任役員会の議事録があるのかどうかが問題になる)。それにも関わらず、この巨額契約の事実を会員や社会に一切知らせることなく隠密裏に行ったことは会員の善意を踏みにじるものであり、会員との信頼関係を破壊する行為として、宗教団体としての存立基盤を損なうものになりかねない。
長期間にわたるこれほどの巨額契約を隠密裏に維持できるということは、創価学会内部のチェック機能が全く機能しておらず、執行部の独裁状態が続いていることを意味している。このような運営は、宗教団体としての教義や思想に対する信頼性をも傷つけることになるだろう。
創価学会の組織が大規模であることは理解できるが、それにしてもこれほどの巨額契約を会員に隠して行うということは、外郭企業の統廃合などとは全く異なる目的があったのではなかろうか。それは端的に言えば「宗教のビジネス化」ということではないか。創価学会の在り方を仏法の知識も信仰心も持たないコンサルタント会社に丸投げしたということは教団組織も仏法も金儲けの手段とすることだろう。仏法の教義も都合が良いように改変できる「商品」「商材」になり、会員は金を持ってくる「顧客」になる。三代会長もそのネームバリューによって顧客を引き付けるための道具になる。ビジネスであるから当然、「売れるか、売れないか」だけが重要になり、教義の中身はどうでもよい。
こう考えてくると、執行部が2023年に日蓮大聖人を釈迦の使いとした『教学要綱』を出した意味も理解できるようだ。創価学会を世界に売り込むには無名の日蓮ではダメで、やはり釈迦のネームバリューを使った方がよい。「宗教とはビジネスとみつけたり」――。これが執行部の本音だろう。この筋書き通りで進んだら恐ろしいことになる。日蓮仏法の正統教義は消滅し、創価学会は三代会長が築いたものとは別の異様なビジネス教団となるからだ。大聖人は「日蓮を用いぬるとも、あしくうやまわば国亡ぶべし」(種々御振舞御書)と断言された。「最後の敵は内部にこそある」との戸田先生の指導を命に刻み、今こそ悪人追放の火の手を上げなければならない。
