(追記版) 「教学要綱」の不正記述13、及び、無視、削除された日蓮仏法の本義2つ他 戸田城聖先生のご命日に、邪義‐「寿量の仏」は釈尊‐を糺す。

投稿者:創価高・大学4期 図斉修

(※教学要綱の)87頁には―南無妙法蓮華経の脇士をインドの教主釈尊(本仏)とする問題戸田先生によれば、これは邪義である。戸田先生は次のように言う。「妙法蓮華経の左右に文字を書きあらわす仏・菩薩を色相荘厳の脱益の仏・菩薩と拝する者のあるのは大いなる誤りである」(『戸田城聖全集』 観心本尊抄講義 p.216)。戸田先生は首題の題目の脇士となる釈迦・多宝・四菩薩等を「迹中化他の形像」(同書,p. 217)と解釈されている。要するにこれらの仏・菩薩は大聖人の生命に具わる十界の表現でしかない。なお池田先生が、大聖人は釈尊の脇士などとは考えられておられなかったことは、次のスピーチの発言から明らかである。「日蓮大聖人は、末法の御本仏であられる。釈尊、三世十方の仏・菩薩をも引き従えていく身であられる」(『池田大作全集』第 88 巻 p. 297) 曼荼羅に書かれた釈迦仏は大聖人の仏界を投影した影ということが言える。だからこそ観心本尊抄に「我等が己心の声聞界」、「我等が己心所具の菩薩界」、「我等が己心の釈尊」等とあるのである。 ―と。(本論より抜粋)

〈冒頭※は事務局にて付記〉

*本論は以下をクリックしてください。

(追記版)「教学要綱」の重大な邪義13他 -3

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