「開目抄」ご執筆の二月に思う新刊-「御書根本」の大道-の不正

投稿者:創価高・大学4期 図斉 修
2 月 11 日、戸田先生のご生誕日に発刊の―「御書根本」の大道-拝読と研鑽のために―を購入、心躍らせ読みました。読了後、またも失望と悲しみに襲われました。それは、この本も池田先生が垂教された日蓮大聖人の御書の真義、奥義を全く無視だからです。750 余年前、大聖人様が、厳寒の佐渡で生命を削られて執筆された人本尊開顕の書「開目抄」の御聖訓「一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり」を弁えない、単なる文上、不正の作文だからです。私は、この度の拙文も日蓮大聖人の弟子、そして、池田門下生の使命と責務を心肝に染め、以下、破邪顕正します。
「開目抄」講義第三章(池田大作全集第 34 巻)には‐「一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり」(中略)
この御文において日蓮大聖人は、「凡夫成仏」の鍵となる根源の法を「一念三千の法門」と呼ばれ、それが「但法華経の本門・寿量品の文の底」に秘沈されていると述べられています。「文の底」に秘沈されている一念三千とは、「一切衆生の成仏」を掲げる法華経の真髄というべき法理で、一言で言えば、「凡夫成仏の大法」としての十界互具・一念三千であると言えます。大聖人は、この文底仏法を説かれることによって、末法という悪世における民衆一人一人の根源的な救済の大道を開かれたのです-と。
(私見)池田先生は、大聖人様のこの御聖訓を根本に、御書を文底から縦横無尽に現代へ展開、教示されたと拝しております。ゆえに、池田先生のご指導に反するこの本の不正を論証します。(本論より抜粋)
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