(続)日蓮大聖人のご生誕日に思う‐近刊「法華経入門」の不正

投稿者:創価高・大学4期 図斉 修

池田先生が万代の世界広宣流布のために残された「原本」(※法華経の智慧)上 55.56 頁には―

法華経の真髄を説かれたのが大聖人です。法華経を学ぶことは、大聖人の仏法を学ぶことに通ずる。大聖人の仏法を学べば、法華経も分かっていく。表裏一体です。ゆえに法華経を語ることは、ただ釈迦仏法のみを探究することではない。大聖人の仏法の、はるかな未来を見つめての壮大な挑戦なのです―と。

(私見)上記に反し、 「入門」(※ 対話で学ぶ 法華経入門 創価学会女性部編)は終始一貫して、法華経文上の釈迦仏法の解説だけです。 ゆえに、私は「入門」が「原本を引用する以上、池田先生が教示された日蓮本仏論の真義、就中、日蓮大聖人は久遠元初の自受用身であられ、大聖人が顕された曼荼羅本尊はまさしく大聖人様そのもの、即ち、人法一箇の御本尊であることを無視してはならない。しかし、 「入門」がその真義を記さないことは日蓮大聖人と池田先生への背信であり、不知恩の極み!と断言します。 「原本」を引用しておきながら「法華経入門」と称して文上の法華経に導くことは主従逆転なのです。そして、それはまさに主の隠蔽、否定です。大聖人が残された文底仏法を破壊する大謗法の書と断じられます。なぜなら、池田先生は「原本」において、日蓮仏法の本義をご教示される目的で法華経を用いたのであり、法華経の文上解釈をされたわけではないからです。ゆえに、「入門」は主を倒さんとする暴挙である!(本論より抜粋 ※は事務局にて付記)

*本論は以下をクリックしてください。

(続)日蓮大聖人のご生誕日に思う‐近刊「法華経入門」の不正-13

 

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