魂の独立記念日に思う―「教学要綱」の不正

投稿者:創価高校・大学4期 図斉修

11 月 18 日、学会創立 95 周年の佳節を過ぎ、本日、魂の独立記念日を迎え、
私は以下の思いです。―「教学要綱」の邪義により本当の魂の独立はない、
否、否定状況である―と。以下、詳述します。

*本論は以下をクリックしてください。

魂の独立記念日に思う―「教学要綱」の不正-9

魂の独立記念日に思う―「教学要綱」の不正” に対して1件のコメントがあります。

  1. 矢部敏道 より:

    図斉氏の熱情がほとばしる論考を一気に読みました。
    魂の独立は与えられるものではなく、自ら勝ち取るものなのではないでしょうか。
    今こそ三代会長の指導に違背する邪義を見破り破折するところに魂の独立はなるとの思いを深くしました。
    『創価学会教学要綱』の邪義
    【この釈尊は『法華経』本門寿量品における釈尊、すなわち「寿量の仏」」である。さらに、その「寿量の仏」そのものが、首題の「南無妙法蓮華経」の脇士に位置づけられている。】
    この「寿量の仏」の解釈はどこから出てきたのでしょうか。いつどなたが指導されたものなのでしょうか?
    これは全くの我見であり謗法ではないでしょうか。
    朝夕の勤行の際に「永遠の師匠と仰ぎ、その死身弘法の御德に報恩感謝申し上げます」と祈念している牧口・戸田・池田三代会長のどこにこの解釈がありますか。ないどころか三代会長の指導に違背しているのです。
    図斉氏は、池田先生が観心本尊抄や法華経方便品・寿量品講義を通して「寿量の仏」が久遠元初自受用如来即日蓮大聖人であると明確に指導されていることを明らかにしています。
    是非多くの方に珠玉の論考をお読みいただき自身と身近な方々の魂の独立に役立てていただきたいと願うものです。

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