【投書】仏法の眼!

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投書者:カナリア

日蓮大聖人の御書「三三蔵祈雨事」p.1468に「日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず」とある。
この御文は、宗教批判の原理としての、三証(文証・理証・現証)を示すもので、元より、道理や証文を軽んじている訳ではなく、現実に顕れる証拠こそが、最も大切であることを述べらたものである

戦後80年の節目となる参院選が終わった。自公は惨敗。特に公明党は、定数4の神奈川・埼玉・愛知で落選、比例区も前回618万票⇒521万票となり、改選14議席⇒8議席に落ち込んだ。投票率が6%近く上がっているにもかかわらず、100万票近く減らすのは異常だ。

仏法の眼から見れば、根本教義を「邪義化」した原田選挙学会への「現証」以外の何物でもなかろう。学会員諸氏に於いては、この大敗から執行部の師敵対、そしてまた、現在起こっている「様々なことの本質」に気付いて欲しいと願うばかりである。

投票日の前日、東京新聞に「旧態依然」への失望反映!という記事が掲載された。そこに書かれた、千葉大学の水島教授の見解が、今回の選挙の特徴を端的に表していると思うので、紹介する。

「ポピュリズム世界的な広がり」「社会が変化求める、一種のサイン」との小見出し。
以下『ポピュリズムは「社会や政治経済が大きく変化しているのに、政治は旧態依然としている」という認識を人々が持ち始めた時、歴史の中でたびたび起きてきた現象だ。社会が変化を求めている際に発せられる一種のサインとも言える。そのサインに真剣に向き合う事が必要ではないか』
と。

参政党の危険性を論ずることは大事だが、その底流に潜む「民意」を蔑ろにしてはならないと思う。また、宗教団体に於いても「旧態依然」では、若者の支持は離れるばかりであろう。どこまでいっても、「価値の創造」。この原点に戻らねばならないのではないか。