教学要綱の「池田大作監修」は日顕の「相承はワシが受けた」と同じ!

今、巷でしきりに囁かれている話に納得だ。
『教学要綱』に先生の監修があったと主張することは日顕が「自分に相承があった」と主張したのと同じだ。日顕は「相承があった」「あった」と言うだけで何の証明もできなかった。それ故に創価学会は今日まで日顕に相承があったとは認定せず、ニセ法主であるとしている。同じように「監修があった」と主張しても何の証拠も出せなければ、誰もそれを承認することはできないのは当たり前だ。
「監修があった」と強弁する人に対しては「それは日顕の相承と同じだね」と言おう!
「ニセ法主」ならぬ「ニセ要綱」だ。
まったくおっしゃる通りです!言い得て妙です!全面的に賛同いたします!すばらしい気づきを与えてくださり、ありがとうございます
となりますと、全国総県長会や各部代表者会議、総務会や責任役員会もしくは本部幹部会の場で、『○○!悪いのはお前だ!』と言い放つ勇者が出てこなければなりませんね!「時を待つべきのみ」でしょうか。