【投書】摩訶・私感「日蓮大聖人と戸田先生」

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投書者:鬼滅の言

なにとなくとも此の国へ流されたる人の始終いけらるる事なし、設ひいけらるるとも・かへる事なし

種種御振舞御書 御書p.917

常々、戸田先生が言われていた言葉が思い起こされた。
「ひとたび、牢に入った場合、出られないものと覚悟して戦え!」
その決心なくして、信念の獄中闘争はできない。

随筆 旭日の光 池田先生

(1)日蓮大聖人は平左衛門尉に捕えられ、竜口で発迹顕本、末法の御本仏として一切衆生を救済するお立場を宣言されます。その大聖人が向かわれたのが流罪の地、佐渡です。

(2)戸田先生は治安維持法違反・明治神宮に対する不敬罪の容疑で逮捕。「仏とは生命である」と悟達、妙法流布大願の使命を自覚されます。その場は牢獄でした。

大聖人と戸田先生のご生涯に共通して言えることは、捕らわれの身として使命を自覚、大聖人は極寒の地、佐渡で、戸田先生は獄中で、その使命・大誓願を果たすべく戦われました。

使命はあまりにも大きく、現実はあまりにも厳しかったのです。

戸田先生は、二年間の過酷な獄中生活を耐え、「生きて」牢を出られた。もしも、戸田先生も牢の中で亡くなっていたら、今の創価学会はない。なによりも重大なことは、戸田先生が「生きて」牢獄を出られなかったら、池田先生との出会いがなかった、ということだ。

1997年(平成9年)11月10日付 聖教新聞
人間革命の光・池田名誉会長の入信50周年に寄せて(理事長 森田 一哉)

大聖が佐渡の地でご生涯を終えられたとしたならば、身延入山も、熱原の法難も、三大秘法の建立もありません。

また戸田先生が獄中でご生涯を終えられていたならば、私たちは池田先生を人生の師とすることも御本尊を拝することもなかったのです。

2月16日・日蓮大聖人ご生誕の日を迎えるに当たり、大聖人が佐渡を生き抜かれたお陰で、また、戸田先生が獄中闘争を生き抜かれたお陰で、奇跡的に御本尊と巡り会うことができた。その事実に深く感謝したいと思います。