心の財・私論

投稿者:鬼滅の言

蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり

崇峻天皇御書 御書p.1,173

蔵の財(財産)よりも、身の財(健康や能力)がすぐれている、その身の財よりも、心の財(信仰による福運)が第一である。

有名な崇峻天皇御書(三種財宝御書)の一節です。

例えば、蔵の財は物や商品を買う財とします。心の財とは何か?心の財は見えませんが、私は人生を買う財であると思っています。

蔵の財が千円の人と百万円の人では買える物が違います。

蔵の財が千円の人には選択肢がほとんどありません。

同様に心の財が千円の人と百万円の人では買える人生が違います。

「人間は自由の刑に処せられている」

これはサルトルの言葉です。

人間は自由である。しかし瞬間・瞬間、何かを選択しなければならない。それをサルトルは「自由の刑」と言ったのです。

私は自由です。
何時間も唱題する時間はあります。対話に出かけることも可能です。教学研鑽の時間もあります。1ヶ月後、海外旅行の計画も立てられます。

しかし、私の日々はどうでしょう。

仕事から帰宅して、勤行、食事、その後はテレビを見て、就寝。休日も有効活用することもなく過ぎてしまいます。

自由には際限がありませんが、私の選択肢は限られているのです。

心の財の乏しい人に人生の選択肢は限られている。

私はそう思います。