疫病再燃に思う

新型コロナウイルスが再び蔓延していますが、疫病再燃といえば、弘安元年(1278)閏10月12日、日蓮大聖人が南条時光に宛てられた書簡、「上野殿御返事」が思い起こされます。

民の心は不孝、父母を見るのに他人のごとく、聖職者の邪見、慈悲の心なく諸天善神から見放される、邪見が横行して聖人(三宝)から見捨てられる、一旦は止んだように見えた疫病が再燃して日本国一同の嘆きは深い・・・一読して、現代と全く異ならないのには驚きます。

建治年間末から弘安初頭にかけての大疫病は、一旦は落ち着いたように見えたものの、秋になり再び蔓延しだしたのでしょう。その背景にある人心を仏教的視点から解明されたのが当書だと拝しますが、その文面には「立正安国論」の精神が脈打っていることには注目したいと思います。

・民の心不孝にして父母を見る事他人のごとく・僧尼は邪見にして狗犬と猨猴とのあへるがごとし=世皆正に背き人悉く悪に帰す

・慈悲なければ天も此の国をまほらず=故に善神は国を捨てて相去り

・邪見なれば三宝にもすてられたり=聖人は所を辞して還りたまわず

・又疫病もしばらくはやみてみえしかども、鬼神かへり入るかのゆへに北国も東国も西国も南国も一同にやみなげくよしきこへ候=是れを以て魔来り鬼来り災起り難起る

文応元年(1260)7月16日の「立正安国論」提出から18年。

日蓮大聖人の常の思考に「立正安国論」があり、その視点から世の事象を解明して「より善き社会、より善き人生」へのメッセージを発し続けた。

今、私達も「日蓮がごとく」(閻浮提中御書)に、「立正安国論の心」を以て社会に、人々に語っていく時が来ていると思うのです。

民の心不孝にして父母を見る事他人のごとく・僧尼は邪見にして狗犬と猨猴とのあへるがごとし、慈悲なければ天も此の国をまほらず・邪見なれば三宝にもす(捨)てられたり、又疫病もしばら(暫)くはや(止)みてみ(見)えしかども、鬼神かへり入るかのゆへ(故)に北国も東国も西国も南国も一同にや(病)みなげ(嘆)くよしき(聞)こへ候、

上野殿御返事 弘安元年(1278)閏10月12日

意訳

民の心は不孝になり、父母を見るのに他人のごとくであり、僧や尼は邪見になり犬と猿とが出あったようです。慈悲の心がないから諸天はこの国を守ることなく、曲がった物事の見方(邪見)ですから三宝にも捨てられたのです。

また疫病も暫くは止んだように見えましたが、鬼神がかえってきて入ったのでしょうか、北国も東国も西国も南国も一同に疫病にかかってしまい嘆いていると聞いています。

                                      林 信男