体験発表 「私の教学研鑽」/ 匿名

体験発表 「私の教学研鑽」

 「私の教学研鑽」と題して体験発表をさせていただきます。

 私が本格的に教学の研鑽を始めたのは壮年部に移行してからです。もちろん、男子部時代は宗門問題の渦中だったので、先輩から御書を学びつつ、夜遅くまで研鑽に取り組んできたことは、今でも懐かしい金の思い出になっています。

 壮年部に移行して最初に決意したことは、「もう一度、自分自身の信心と教学を一から見直していこう」ということです。というのは、御書を読んでもまだまだ理解できないことが山ほどあったからです。それともう一つは、一千万編のお題目の挑戦です。

一日の学会活動が終わり、お題目と教学研鑽に取り組む中で、大切な言葉やわかり易い教義書の文言などを手帳にメモしながら、自分なりにそれらをまとめていました。

そして、そのまとめたものを教学テキストにして、地元の青年たちと勉強会を開催し共に教学研鑽の日々を送っていました。

 ところが、2014年(平成26年)の学会執行部による教義改正を皮切りに状況が一変していきました。

まず、新たに改正された教義内容を見て、最初に感じたことは「なんだ、この中途半端な教義変更は」ということです。しかしもっと驚いたのは、自分の周りに「この教義内容はおかしい」と誰も気付いた人がいなかったことです。

早速、私は地元メンバーに新教義のどこがおかしいのかを訴え、それと同時にネット掲示板などでも声を上げていきました。

この時、私は思いました。「教学無きがゆえに、結局、また戦中の創価学会に戻ってしまうのか。そんなことは断じてさせない。今こそ教学で立たなければダメだ。そうでなければ、何が本当の正義かわからなくなってしまう。その結果、多くの学会員が邪教徒の奴隷となり、不幸に陥ってしまう」と。

それからです。今までまとめた教学テキストをバンバン掲示板に投稿するようになったのは――。

そういう一連の行動が組織から睨まれることになり、家族全員が「役職解任・活動停止・会館出入り禁止・会員接触禁止」の処分を受けることになったのです。このような状況から現在に至っています。

さて、前置きが長くなりましたが、ネットや現場で自分の教学テキストを披露していくと、それほど評判も悪くないし、誰からも指摘されることがありませんでしたから、だんだん調子に乗りいい気になって、まるで自分が日蓮仏法の真髄を悟った「つ・も・り」になっていたのです。今考えると非常に危険であり怖いことです。 

でもこれは、二人の巨人に出会うまでの話です。

今回は、その中の一人の巨人にスポットを当てて、私がどのようにして教学を叩き込まれたのかを話していきたいと思います。

 ある日、友人から「新しくサイトを立ち上げるから教学について何でも良いから連載で執筆してくれないか」と依頼をされたのが、そもそもの始まりです。

依頼を受けた時、内心では日蓮教学を正確に伝えられるだろうかという不安と自信が入り混じっていました。それにこんな素人が〝教学論考を連載で書く〟などと生意気なことをやって大丈夫なのか、という不安もありました。

しかし、友人の話しを聞くうちに〝誰かの役に立つんなら挑戦してみたい〟という気持ちに変わり、これは自分自身の勉強のためにもなると思って、その依頼を受けたのが私の正直な気持ちです。

しかし、これがいけなかった――

これがいけなかったのです。ここから地獄の訓練が始まったのです。

後でよく考えてみれば、「俺よりすごい教学の達人はいっぱいいるだろう、その人がやればいいじゃないか」と今更ながら思いましたが、それは後の祭りです。

だから私は原稿を書くにあたって、客観的に第三者のチェックが絶対必要だと思い、巨人Kさんに原稿チェックの依頼をお願いすることにしました。

巨人は、快くその依頼を受けてくれ、早速、連載の「テーマ」を決めて執筆に取り掛かり、原稿ができ上がると、巨人のチェックが入るという段取りでスタートしました。ところがです・・・・。

(巨人と私の会話)

◆一回目のチェック

私 「一回目の原稿ができました。チェックお願いします」

巨人「何これ? ぜんぜんダメ。論理がすでに破たんしている。やり直し!」

私 「えっ! あっ、はい 書き直します」

◆二回目のチェック

巨人「微妙なところだけど、やっぱりダメだ。もう一度、書き直して!」

私 「えっ! どこがどうダメなのですか?」

巨人「カクカクシカジカ……!」

私 「ああ~、確かに勘違いしていました。書き直します」

――このように、一回目の原稿から二回、三回、四回と何度も書き直してやっと完成します。

この時、私は思いました。

「やっと巨人から本格的に教学を学べる機会ができたぞ、絶対修得したい。いや、絶対修得してみせる」と。

しかし、そんな薄っぺらな決意など即座に吹っ飛ぶくらいの勢いで何回原稿を見てもらっても矢継ぎ早に「ダメ出し」の連発です。

 巨人が解説してくれても言っている意味がぜんぜんわからない。そんな苦闘が続く中で「自分はわかったつもりになっていただけで、じつは仏法のことなんて何にもわかっていなかったんだ」と心の底から思い知らされました。

この時になってはじめて私は後悔しました。

「何で教学論考の連載なんて受けてしまったんだろう。ぜんぜん俺はダメじゃないか。いい気になって、思い上がって、教学がわかっているつもりになって、俺はなんてはずかしい奴なんだ!」と。

まさに心が折れそうになる弱い自分と向き合う日々でした。巨人の講義を聞いて理解はしても「なぜそうなるのか」という真意・実体というものが、どうしても掴めないのです。

◆ある電話での講義

巨人「○○はこうだよね、だから○○はこうなるんだよね。わかる?」

私 「はい、わかります」

巨人「じゃ、なぜそうなるの? なぜ○○がこうなったら○○はこうなると言えるの?」

私 「・・・・・」

巨人「ねッ! ぜんぜんわかってないじゃないか。そこを掴まないとわかったことにはならないよ。まぁ~わからないだろうなぁ・・・」

私 「教えてください。その実体が何なのか、教えてください」

巨人「そこを考えて答えを出すのが研鑽じゃないのか? 御書を読め、ちゃんと読め、一字一句、無駄なところは一つもないよ。丁寧に読め、御書を読んでいるつもりでちゃんと読んでいないからわからないんだよ」

私 「・・・・・」

何度も泣きそうになる状況の中で、もう御書を見るのも嫌になり、いつしか巨人の顔写真をダーツの的にして、必死でその的に当てる練習をしたことを覚えています。

皆さん、想像してみてください。五十代のおっさんが、五十代のおっさんの顔写真をダーツの的にして、憎しみをこめて、「あいつは鬼だ、あいつは鬼だ」と叫んで矢を放っているすがたを…。

しかし、巨人は何度も私を励ましてくれました。

「○○さんさえわかってくれれば、あとはどうでもいいんだ」「○○さんがわかることが、一番大事なことなんだ」

「○○さんが真意を掴めるまで何度でも解説するよ」等々――。

 この巨人の真心が、私の心の奥深くに突き刺さって離れなかったのもまた事実です。

 このような教学研鑽の訓練が約一年続きました。それからもう一年をかけて、巨人に教えてもらったことをじっくり思索し考え抜きました。

そのおかげでじつに多くのことが理解できるようになり、仏法の深遠な智慧の一分を自分なりに掴むことができた気がします。気付けば、お題目は九百万編に達していました。 

私にとっての教学研鑽とは、仏法用語をただ覚えるだけではなく、広大な仏法知識を理解することだけでもない。それは〝仏法の智慧をどう自分の実感として掴んでいくか〟ということに尽きると考えます。 

今回、そのきっかけを作ってくれた友人に感謝し、この場をお借りして御礼申し上げます。

ありがとうございました。