真実開顕のとき~大悪鬼の日本国・疫病・天魔・曼荼羅図顕・金輪聖王
建治4年(1278・2月29日改元で弘安元年)1月、「御義口伝」 が成立した頃、世を覆う疫病の惨状は凄まじいものがありました。
建治4年2月13日に著された「松野殿御返事」では詳細に描写されています。
日本国数年の間、打ち続きけかち(飢渇)ゆきゝて衣食(えじき)たへ、畜るひ(類)をば食ひつくし、結句人をくらふ者出来して、或は死人・或は小児・或は病人等の肉を裂き取りて、魚鹿等に加へて売りしかば人是を買ひくへり。此の国存の外に大悪鬼となれり。
又去年の春より今年の二月中旬まで疫病国に充満す。十家に五家・百家に五十家、皆や(病)み死し、或は身はやまねども心は大苦に値(あ)へり。やむ者よりも怖し。たまたま生き残りたれども、或は影の如くそ(添)ゐし子もなく、眼(まなこ)の如く面(かお)をならべし夫妻もなく、天地の如く憑(たの)みし父母もおはせず、生きても何かせん。心あらん人々争(いか)でか世を厭(いと)はざらん。三界無安とは仏説き給ひて候へども法に過ぎて見え候。
意訳
日本国は数年の間、旱魃などにより飢饉が続いて衣食が絶えてしまい、畜生を食い尽くして結局は人を食べるものまで出る有り様です。あるいは死人、あるいは小児、あるいは病人等の肉を裂き取って魚鹿等の肉に加へて売り、人はそれを買って食べているのです。なりふり構わぬ日本国の人々は大悪鬼となってしまいました。
また、去年の春(建治3年春)より今年(建治4年)の2月中旬まで、疫病が国に充満しています。十家に五家、百家に五十家、皆が病んで死んでしまい、あるいは身は病まなくとも心は大変な苦しみにあっており、その恐怖は病む人より大きいものがあります。
たまたま生き残ったとしても、あるいは影の如く我が身に添っていた愛しい子の姿はなく、眼の如く顔を並べていた夫妻もなく、天とも地とも頼んでいた父母も存在しません。このような有り様では、生きてもどうしようというのでしょうか。心ある人々が、どうして世を厭わないでいられましょう。
三界(欲界・ 色界・無色界の三つの世界)に安き所なしと仏は説いていますが、あまりの惨状は法に過ぎるようにも見えてくるのです。
文字を追っているだけでも、当時の人々の声なき声が聞こえてくるようで胸が締め付けられるような思いとなりますが、迫りくる死の恐怖の中であれば、人は本気になります。
十日後の2月23日に著された「三沢抄」では、日蓮大聖人は冒頭より「最後の第七の大難は天子魔です。あらゆる姿になって、なんとしても仏道を妨げようと仕掛けてきます」と教示するのです。
仏法をばがく(学)すれども、或は我が心のを(愚)ろかなるにより、或はたとい智慧はかしこきやう(様)なれども師によりて我が心のま(曲)がるをしらず。仏教をなを(直)しくなら(習)いう(得)る事かた(難)し。たとひ明師並びに実経に値ひ奉りて正法をへたる人なれども、生死をいで仏にならむとする時には、かならず影の身にそうがごとく、雨に雲のあるがごとく、三障四魔と申して七の大事出現す。設ひからくして六はすぐれども、第七にやぶられぬれば仏になる事かたし。其の六は且(しばら)くをく。第七の大難は天子魔と申す物なり。
三沢抄
人間の存在の有無に関わるような惨状が続く中でも、大聖人の胸中で意識されていたのは第六天の魔王・天魔であり、その働きを見抜いて己心中において既に打ち破っていたことは、今日の私達も心に留めたいことだと思います。
続いて
又法門の事はさど(佐渡)の国へながされ候ひし已前の法門は、たゞ仏の爾前の経とをぼしめせ(同)
と記すのですが、これは佐渡期以降が「真実開顕のとき」であると理解できる記述ですが、それが曼荼羅図顕と同時進行であったことは何を意味するのでしょうか。
そうです。
日蓮その人は自らを仏に擬しており、佐渡期以前の教示は爾前の経のごとしで、佐渡期以降が実経であるということは、末法の教主(仏)が衆生救済の根本尊敬の当体としての「仏滅後二千二百二(三)十余年之間 一閻浮提之内未曾有大漫荼羅」を顕し続けたということを意味するのだと考えるのです。
これまでの仏なき末法の救済者、即ち教主の確信と心の躍動感が、
此の法門出現せば正法像法に論師人師の申せし法門は皆日出でて後の星の光、巧匠の後に拙を知るなるべし、此の時には正像の寺堂の仏像僧等の霊験は皆きへうせて但・此の大法のみ一閻浮提に流布すべしとみへて候(同)
との、「日蓮教示の大法・一閻浮提第一の御本尊」のみが末法の太陽にして一閻浮提に流布するとの記述になったのではないでしょうか。
一ヶ月後の3月21日には「教行証御書」を著して、自らの大法を金輪聖王出現の先兆の優曇華に例えたことも特筆すべきことでしょう。
已に地涌の大菩薩上行出でさせ給ひぬ、結要の大法亦(また)弘まらせ給ふべし。日本・漢土・万国の一切衆生は金輪聖王の出現の先兆の優曇華に値へるなるべし。
日本国が大悪鬼となっていたときに、御義口伝は成り、第六天の魔王・天魔が説き明かされ、日蓮大聖人の内面世界も自在に語られ、金輪聖王が待望されていたということ。
700年前の生老病死と新生のドラマは、今日の私達に多くを語りかけているように思います。
林 信男