産湯相承物語(2)
2 産湯相承の成立と用語の意義について
・テキストの表現
産湯相承は、日蓮大聖人の父を三国の太夫、母を梅菊女として名前を挙げて、さらにお二人の出会いから日蓮大聖人の出生についての物語を紹介する。
そのおおまかなストーリーは、
1. 梅菊女が清澄寺(注)に通夜して三国の太夫を夫に定め
2. 遊女となり
3. 三国の太夫に嫁ぎ
4. 日輪を懐く夢を見て懐妊し日蓮大聖人を出産したこと
5. 日蓮大聖人が自受用報身如来の垂迹であり上行菩薩の再誕であること
6. 末法においては日蓮大聖人こそが釈迦佛であること
7. 富士山と日蓮大聖人と日神と釈迦佛が一体であること
8. 出雲に降臨した天照太神と釈迦と十羅刹と日蓮大聖人が本地垂迹の関係にあること
9. 日文字の意義
10. 日蓮大聖人の三徳など
(ただし、日教本は8、御実名縁起は7~10の内容を欠いている)
それぞれのテーマ間にゆるやかな関連性と類似の用語は見られるものの、全体として一貫しない複数の伝承から成り立っている。
また、保田本、日教本、御実名縁起の文体、表現を見るとき、保田本が全体的に整足した表現となっているのに対して、御実名縁起は素朴な表現となっており、日教本はその中間的な表現となっているが、これを書写の都度乱れて行ったと見るか、順次整えられたと見るかで、成立の先後の推定が逆転すると考えられる。
私見では、かりそめにも相伝書を書写、蒐集するのであれば、真摯な態度で臨んだであろうと想定するし、書写に際して説明を加えたり荘厳化したりすることはあっても粗雑に扱うことはないと考えるため、文体、表現の観点からは、内容的により整足し洗練された表現となっている保田本の成立時期が、御実名縁起や日教本の成立時期よりも下ると推定はするものの、以下、できるだけそのような先入観に囚われることなく検討したい。
(注)日蓮大聖人が出家された寺院であるが、大聖人は佐渡流罪後に清澄寺の別当(ナンバーワン)に招請されている(『別当御房御返事』・全p901「これへの所当なんどの事」)(道善房は同寺のナンバーワンの地位には就いていない)。
このことは、大聖人の出生の由来を知る同寺にとって、大聖人の血統的権威・地位が重要な意義を持つものであった可能性があることを窺わせる。